初戦

 ああ、エライ目に遭った。俺は自分では「万年補欠」を卒業してどっしりと構えているつもりだった。ところがキャバクラに連れて来られた上にほぼマネージャー扱い。


 しかもそれはそれでこなしてしまうという「器用貧乏」さ。

「はい健ちゃん、マイク。」

きっといつもは後輩に「かしずかれて」ているはずの長谷川さんがホッとした顔だ。俺より下がいて良かったという顔。


 「だから俺は『BOφWY』しか歌えない、って⋯⋯。」

「ええよ、それで。懐かしいわ。」

あー、ちゃんと「日系」のカラオケもあるのね。ほら、台湾のお姉さんたちがキョトンとしとるがな。


 結局盛り上がりすぎて門限破って閉店まで。まあ監督たちより帰りがタッチの差で早かったからセーフだったけど。


 昼過ぎからの台中球場での練習ではみんなケロッとした顔で出てきている。タフだ。まあ今日はフィリピン戦なのでお気楽である。


「健ちゃん昨日はお疲れ。楽しかったなぁ。今夜は違う店にしような。」

「俺は行きませんよ。」

「そういや『BOφWY』好きなの誰の影響?」

「ち⋯⋯父です。」

前世の影響だけどしかたない、父ちゃんごめん。明日は山場の南高麗戦なんだから今夜は大人しく寝ておけよ。舌打ちを我慢するも

「健ちゃん、真面目な。」

と頭を撫でられる。完全に遊ばれとる。


 今回は日本のテレビ局が入っている。


 先発は埼玉ライオンハーツの和久井さんだ。俺は3番指名打者。もう初回からいきなりチャンス。1死2塁で打席に。相手投手が外角に投げたつもりが真ん中寄りに。いきなり2ラン。初回からチームは5点先制。


 俺は2回にもソロ本塁打を打ち、4回に四球を選んだ時点でお役御免。代走出されてベンチに引っ込められる。


 「健ちゃんは秘密兵器だから、ほら、お店の予約な。」

携帯電話渡すな。

「それはホテルのフロントにやらせてくださいよ。考えてみれば僕の仕事じゃないし。」

 俺も異世界時代に酒場の予約が自分の仕事だったんでついやってしまったのも悪いのだが。


 5回には五番因幡いなばさんにもソロ本塁打。6回には四球と連打を絡めて4得点。


 和久井さんも素晴らしいピッチング。6回1安打の好投。11対0で7回コールド勝ち。当然ヒーローインタビューは和久井さん。


 ただ、観客数4000人行かないので大分寂しい感じだ。とりあえず帰って夜食だ。今日こそ夜市に行くもんね。と、思ったが俺もヒーローインタビューらしい。


 「今日2本塁打だけど、手応えはどう?」

高校生だけど一応代表選手なんだからタメ口はどうなんでしょ?

「あ、はい。うまく打てました。明日もぜひ使ってください!と監督にお願いします。」

アナウンサー笑ってるよ。まあ、こんなものか。


 さすがに今日は反省会はなし。ホテルに帰り、シャワーでさっぱり。前述したが今日こそ夜市⋯⋯。と、電話?嫌な予感をしながら取ると

「健ちゃん、早く行くよ。降りておいで。」


あのなぁ。と眉間にシワを寄せつつ降りていく。

「勝利の美酒は美味いよぉ。」

「それは明日勝ってからにしてください。」

「もう真面目なんだから。」


「ドナドナ」状態でタクシーへと押し込まれていく。


 もちろん、明日先発の投手陣は来ないわけで。逆に今日責任を無事果たした和久井さんは主役です。



 翌日の南高麗戦。この相手に勝てないとオリンピックに出るために最終予選に回されてしまうわけで、お互いに絶対負けられない試合なのだ。


 そこで問題が生じる。後に「偽装オーダー事件」と呼ばれるやつ。


 南高麗代表のオーダーが試合開始前にバックスクリーンに表示されているオーダーとは異なっていたのだ。監督は1時間前にオーダーを受け取っていたという。


 しかし実際のオーダーは先発投手が右投手のリュ氏から左投手のチョン氏に、打線も1から6番までが日本の先発が左腕の鳴瀬さんを意識して右打者をズラリと並べたオーダーに変更されていたのだ。


 ただ、ルール上は問題無いらしい。便宜上試合1時間前にお互いにオーダーを交換するのが慣習らしく、試合10分前までなら通告なしでオーダーを変えても構わないそうだ。


 つまり、先発が左の鳴瀬さんと知って後出ししてきたわけだ。


 でも日本人的には明らかに「紳士協定」を破った卑怯な行為としか映らない。

俺?南高麗人選手ってみんな似たような顔だから全く気づかなかったよ。


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