ホームランダービー!

 残り2日、俺たちのチームはトーナメントで優勝。ショウケースが終わった時点で城崎さんとボビーさんと別れる。二人ともアメリカの大学からお呼びがかかったようだ。ただ、どちらも3部の大学で城崎さんは日本でのスポーツ推薦がとれればそちらかな、と言って笑った。


 ボビーさんはもうその大学への進学を決めたそうだ。少しだが奨学金スカラーシップも出るらしい。本国の大学とかは受けないんですか?


「受けないよ。僕にはアメリカかカナダの大学じゃないと意味がないんでね。……僕はアメリカでずっと暮らすからね。野球をしてもしなくてもさ。」

「そうなんですか?」

「40歳までは国には帰らないつもりだ。そうじゃないと徴兵があるからね。」

その時はわからなかったが、南高麗人の男子には2年の兵役の義務があり、留学はそれから逃げ出す手段として人気が高いそうだ。それで金銭に余裕のある家庭に生まれた南高麗人男子はすべからく海外を目指すそうだ。だから必死だったのか。いろいろと大変なんだなぁ。


 ようやく二人のお守りから解放され、俺はフロリダのアカデミーに帰る。そこからはまたトレーニング、野球、勉強漬けの日々が続いた。試合は校内での紅白戦も対外試合も多い。


 そして、12月上旬。またコーチに呼び出しを受ける。まず最近の成績を褒められる。俺は目下打撃部門で三冠王、投手として規定に達していないが奪三振率と防御率がトップだ。


 うーん、いやな予感。アメリカ人て叱る前に目いっぱい褒めてから落とし込むんだよな。ほら、散々いい気にさせたあげくからの「ドーーーン!」。まるで喪黒●造みたい。ああ、コーチの満面の笑み怖え、まさに「笑ぅコーチマン」だよぉ。俺何したっけ?この間実家から送ってきてもらった「抹茶味のキットカッ●」を上げ損ねたやつかな?しょうがねぇだろ?みんな1個ずつ、って言ってんのに「ギヴミー」うるせえんだもん。俺は戦後まもなくの進駐軍じゃねえし。


 「……ケン?って聞いているかい?それで君に白羽の矢が立ったわけだ。受けてくれるかね?」

「は……はい。で、なんでしたっけ?」

「パワーショウケースだよ。」


「パワーショウケース」とはメジャーリーグのオールスターの前夜祭で行われる「ホームラン競争ダービー」をメイン競技にしたイベントだ。これまでも前身となるイベントはあったが、今回初めて公式に開かれることになったのだ。


 木製バットで3分間打ち、30秒の休憩をはさみ、金属バットで2分間打って合計5分間の本塁打数で競い、予選の上位2名と最も飛距離の出たホームランを打った選手の計3名で決勝を戦うのだ。


 いわゆる「長打力」を売りにする選手たちの格好のアピールの場だ。年齢別のクラス分けになっていて、12歳以下、13歳以下、14歳以下、15歳以下、高校2,3年生、高校4年生、大学生の7クラスになっている。


 ちなみに高校4年生というのは、アメリカでは中高が3-3ではなく年2-4制の州が多く、日本の高校3年生に相当する。


 「今回はマイアミだから飛行機に乗る必要もないしね。うまくいけば他の大学からも誘いがあるかもよ。」

メジャーリーグのフロリダ・ミーティオスの本拠地フランチャイズで行われる。


 古臭い球場でアメフトスタジアムも兼ねているのでなかなか変わった形状だ。いや、正確にいえばアメフトスタジアムが野球場ボールパークを兼ねているといえる。ホームラン打ちづらそう。


 有望なアマチュア選手が出場するとはいえ、球場自体がマイアミの中心街ダウンタウンから遠く交通の便も悪いので一般客があまりいない。いるのはスカウトばかりだった。


 強打者ばかりが集められているため、日本では中3にしては大きいレベルのつもりだがこちらに来ると普通になってしまうなぁ。いや、背丈は「普通」だが筋肉の付き方は白人や黒人はやっぱりすごくて俺は「小さく」見える。


 俺は15歳以下、つまり高1クラスの出場だ。フロリダやテキサス、カリフォルニアのアカデミーやサマーリーグで活躍した選手が多い。サマーリーグとはアメリカの高校は夏休みに部活はないので選手は地元やMLBが運営するクラブチームに参加する。そのチームが集まって全米に多数の夏季限定のリーグが組まれているのだ。


 今日はコーチのサムが送り迎えと打撃投手バッピをやってくれる。サムはAAAトリプルエーで競技経験がある元選手でドラフト3位指名されたのがご自慢だ。「ケン、プロテイン飲んだか?」を口癖のように聞いてくる陽気な兄ちゃんブラザーである。


「ハーイ!」

おばさ……ではなく、スカウトのケリーだ。一緒にいるのは日本人女性のようだが20代後半くらいか。

「ケリー、今日はお目当ての選手でも来てるの?」

大学生スラッガーも結構いるからな。

「なに言ってんの?あんたに決まってるでしょ!」

また容赦ないハグ。折れる折れる。ケリーさん、俺の若い筋肉を堪能すると連れて来た女性に俺を紹介する。


「ユカ、この子が私のお気に入りよ。」





 

 


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