ボビーさんが欲しかったもの。
俺と城崎さんが試合から戻るとチームでミーティングがある。
ちなみに我がチームはバーナード・スポーツ・アカデミー(BSA)である。
トライアウトの第二部はチームによるトーナメント戦なのである。
俺は今日試合で投球制限ギリギリいっぱいの30球を投げたので明日は抑えで登板とのことだった。
各投手30球交代で投げることになったのだ。ボビーさんも2番手投手に指名されてウッキウキ。
城崎さんは俺の登板の時にマスクをかぶることになる。
こういう試合は勝ち負けうんぬんよりも自分をアピールする場ですからね。俺は3番指名打者。
驚いたのはうちの試合にネット裏にスカウトがずらっといたこと。ほえー、さすがはエリート選手が集まるアカデミー、注目されてますな。
試合はまあいい具合に乱打線。投手にはストライクを投げるように指示されているので仕方がない。
ボビー・キムさんも打たれまくって途中降板。ベンチで物を蹴飛ばしていた。あれが本場の
俺も4打数2安打、1本塁打。昨日と同じ魔法の使い方だ。昨日は左打席だったので今日は右で。点差がついてきたので俺の登板は明日にスライド。そのまま打席も同僚に譲って本日はお役御免になった。
試合後、「オバサン」に呼び止められる。アングロサクソン系のゴツい白人女性だ。亜美と背丈は変わらないのだがガッチリしている。特に首周りが。亜美もこれくらいのガタイがあれば男子相手でも十分に通用するのになぁ、でも彼女にしたい感じじゃなくなる。
「こんにちは、私はケリー・ジョーダン。ニューヨーク・ヤーナーズのスカウトをしているわ。」
彼女が手を差し出したので俺がそっと手を取るととんでもない握力で握ってきた。
「痛い!」
思わず声を上げると彼女は豪快に笑う。西北ヨーロッパの白人女性はゴツくて苦手だ。
「見た目と違ってパワフルでしょ?」
見た目通りじゃヴォケ!⋯⋯とは叫べず。
「いえ、野球選手の手は商売道具なんでデリケートに扱ってくださいよ。」
「ほんとに英語が上手なのね!まるでネイティブみたい。どこで覚えたの?」
またこのネタかよ。ちょっと目先を変えるか。
「シンプソンズで。」
この返しがいたく気に入ったのか豪快にハグされる。ぎええ、鯖折りする気か?アメリカ人香水臭え。
「私も女子野球の選手だったのよ。⋯⋯つい最近までね。」
「最近」は盛ってるやろ。10年は経ってるやろ。
彼女はケントの知り合いらしく俺の参加するイベントなので俺を推されたらしい。
「私が『掘り出し物』でもいるの?と聞いたら彼はNOと言ったわ。『国宝級』だってね。私も昨日今日のあなたを見て確信したわ。まさに
いやいや、取られるもなにも俺日本人ですし。
「バカね。それを決めるのはアメリカ人よ。
「日本では二重在籍禁止なんですけど。」
「ええ。日本ではね。」
俺はアメリカのドラフト規約を思い出していた。アメリカ国内の大学、高校で一定の活躍をしたものが含まれるのだ。当然こうしたイベントも含まれるわけで。俺は借金さえ返せれば日米だろうとリーグは問わない。その程度まではハングリー精神があったのだ。
「ヤーナーズはあなたをマークするわ。3年後のドラフトに必ずあなたを指名してみせる。それまではあなたを徹底マークするからよろしくね。」
名刺を渡すと颯爽と別の選手のもとに向かって行った。社交辞令なのか本気なのか、アメリカ人のリアクションはまだつかめないが、褒めるのは日本人よりはるかに上手いよね。俺、中等部の乃木監督にだって褒められたことないや。まだ山鹿さんたちの方が愛情表現をしてくれることの方が多い。
「健、おばちゃんにもてるなぁ、ファンか?」
ボビーさんがニヤニヤしながら寄ってくる。今のやり取り聞いてなかったんかい。いや、これは単純に英語の会話が理解できていないだけだな。英語ペラペラのフリはしてるけどね。
「いや、
俺がもらった名刺を見せると彼は細い目をさらに細めて見る。
「俺、
そういうと彼女を追って走り去っていく。あんた今日フルボッコにされとったやんけ。うーむさすが南高麗人。メンタルが日本人とは比較できんくらいのたくましさや。あの根拠なき自信はどこから生まれるんだろ。少しは見習いたいがなかなかできるもんじゃないな。胆沢はできそうだけどな。
ボビーさん意気揚々と戻って来たよ。
「俺も名刺ゲットしてきた!これでヤーナーズにスカウトされたって、国に帰ったら友達に自慢できるぞ。」
欲しかったのは「名刺」かーい!
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