vs.鉄腕

 横浜学院高は激戦区神奈川でも安定した強さを発揮している。とりわけエースの大門さんは常時150km/h前後の「キレのある球」が投げられるという定評がある。


 4/1は最後の休養日。そして最後の練習日でもある。グラウンドでお世話になった高校の野球部のみんなと記念撮影したり、お礼の寄せ書きを贈ったりする。寄せ書きはホテルの方にも頼まれていて、同じことを二度書かされた。


「監督にふざけたこと書くなって言われると、何書いていいかわかんねぇよな。」

伊波さん、そこは真面目にお願いします。プロに入ったら多分繰り返しテレビとかに出てくるんで変なことを書くとマジで後悔やばいですから。


 山鹿さんはいつも「泰然自若」で済ますそうだ。中里さんは「一球入魂」。能登間さんは「威風堂々」。住居さんは「笑顔必勝」。


「健も決めておけよ。いちいち考えるの面倒だし、毎回伊波タツみたいにウケを狙うのはエネルギーの無駄遣いだ。」

いや、山鹿さん。恐らくそこを狙っている時の伊波さんがいちばん生き生きしてますよ。


  俺は「一念通天」にした。小さい頃から上だけを目指して来たからだ。確かにこれと決めておけばあとは楽だな。何しろ、これからも大型の寄付をくださった後援会などの個人や法人にも何度も書く必要が出てくるからだ。


「俺、『一念』にするわ。」

しょうもない事を思いついたドヤ顔の伊波さんに監督がキレる。

「タツ、『発起ほっき』だ。いい加減にしろよ。」

ほら怒られた。諦めの悪い伊波さんは「発」の字に「゛」を打つ。

「へへ、これで『ぼっき』と読めるな。」

もう好きにしてください。


 準決勝第一試合。満員のお客さんだ。両親も青学側のスタンドで観ているだろう。試合は11時からスタート。後攻めのこちらは初回二死から三番の捕手谷塚、四番投手の大門さんに連打を浴びて一失点。


 大門さんの速球は凄かったがそれ以上に変化球が凄かったのだ。身体に当たりそうなところからストライクゾーンに曲がって入るスライダー。思わずのけぞるもストライク。


 これが「フロントドア」だ。訳すと「玄関扉」と非常にダサくなるが、投手としてはめちゃくちゃカッコいい変化球だ。ちょっとでも間違えると普通に死球になるので繊細な制球力コントロールと度胸が求められる。ファーストストライクを取りに行くには最適だろう。

 そして外いっぱいの150km超えのストレートを引っ掛けて内野ゴロ。


 この変化球はメジャーでは良く知られた投球術である。

 一方でアウトサイドのボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるツーシーム(シュート)などの変化球を「バックドア」という。日本語に直訳すると「裏口扉」になるので」やはりダサい。


 アメリカ留学中、俺も2SGをバックドアとして使えるようにしていたので先を越された感はある。


 能登間さんは見逃し三振。俺は左打席ボックスに立つ。「フロントドア」のスライダーのキレに比べるとやや2シームの方が未完成な感じ。狙うならこちらだな。だから反対側の左打席を選んだ。⋯⋯そう思いつつ三振に終わる。変化球の後の直球が嫌に速く感じるのだ。


 「おう、健の言ってた『ドア系』投手が出て来たな。」

山鹿さんの口ぶりは暢気そうだが、その内側には燃えたぎる闘志が漲っている。しかしまあ、次から次に化けモノが出てくるわ。


 胆沢も落ち着きを取り戻したのか、その後はナイスピッチングを続けていく。山鹿さんのリードが一流なのも強みだ。メンタルが「暴れ馬」そのものの投手をコントロールしている。


 こちらは前試合と同じく0行進。ただ4回から2巡目から動き始める。

先頭の伊波さんが初球のフロントドアを叩いて三塁への内野安打。変化球への適応力はまさに「変態的」だ。


 それ以上に凄いのは能登間さん。追い込まれてからのバックドアを叩いてレフト前。テニスのロブみたいな飛び方の打球だった。


 俺は当然のようにバント。監督から特に指示はでない。難しい球をしっかり殺して走者を3塁二塁へ送る。そして山鹿さんがきっちりとライトフライで同点に追いつく。


 同点のまま6回、今度は大門さんの2塁打を足がかりに1点を取られ、再びリードを許す。


 しかし、その裏、中里さんのソロ本塁打が出る。再び同点。正直言って中里さんは6番打者だけど俺が入る前は3番を打っていた好打者。相手投手が息を抜ける穴が取り立てて見当たらない打線なのだ。


 大門さんのコントロール精度が鈍って来たのか、ようやく厄介なフロントドアの投げる確率が減って来ている。ここまでほぼ一人で投げ切って来ているだけに疲労が蓄積しているのだろう。まさに鉄腕。明日が決勝戦なのを踏まえるとリリーフを使うかどうかが鍵だろう。


 横浜学院のベンチが動いた。


 

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