甲子園初登板。

 横浜学院の監督は大門さんを右翼手に下げ、リリーフを投入する。下位打線ならなんとかなるか、そう見たのだろう。ここで奮起したのが7番に入った胆沢。


 代わり端の初球をレフトスタンドへ、逆転のソロ本塁打。これで3対2。後続はなかったがこちらがリード。気を良くした胆沢は7回を無失点で切り抜ける。


 7回裏、こちらの打線が上位に戻ったところで投手は再び大門さんに。しかし、フロントドアが機能せず能登間さんに死球を与えてしまう。


 そして3番俺。蓄積した疲労に蝕まれたボール気味の速球にキレはなかった。右中間に2塁打を放って4対2。


 ただ、黙ってはやられない強豪校。8回表、3番谷塚さんが四球を選んで一死一塁で大門さん。ここでうちの監督も動く。一塁中里さん右翼胆沢、そして投手俺の三角コンバート。


 甲子園初登板の相手が強豪校4番打者とかどういうこと。

「打たれたらブチ殺す。」

胆沢、その邪念は大門さんに向けてくれ。背筋がぞくっとするわ。


凪沢が伝令で監督のメッセージを持ってくる。

「キューアのラシャおやいてんだからレーチョブや」

おい、監督の滑舌悪くて聞きづらいモノマネをそこでやるんじゃねえ。


「キューバの打者を抑えたんだから大丈夫だ、そうですよ。」

そう、翻訳だけでいいわ。おかげで緊張は解けたけどな。


 山鹿さんの指示で大門さんには右投げ。初級、要求されたのは「フロントドア」。煽ってどうするンスか?

 ただ、大門さんの闘志に火をつけたのは確かだ。続く要求は「バックドア」。

流石にカットしてファール。0B2Sと追い込んでからのSFF。直球と変わらぬ速度落ちる。ボールはバットの下を通ってミットの中へ。三振。ふぅ。


 後の2人も三振と二塁ゴロでピンチを切り抜ける。

最終回、再びマウンドに登った胆沢は3人でキッチリと抑えて試合終了ゲームセット


 ついに決勝へとコマを進める。


 礼を済ますと引き上げる。大門さんも泣きはしなかった。ナインたちと応援スタンドに向かって礼をする。まだもう一度夏がある。それを信じているのだろう。ただ有数の激戦区だからな。日総大湘南の白縫さんとかもいるし。またお会いしましょう。この甲子園で。


 テレビインタビューが終わって取材が続く。

「明日は中里君が先発だと思うけど疲労とかは大丈夫?」

「はい。むちゃくちゃ元気ですよ。うちは後輩が頼りがいがありすぎて俺が物足りないくらいです。」

「凪沢君も胆沢君も沢村君もヨソに行ったら1番エースナンバー背負える力量は十分だからね。」


「沢村君も大門君と似たような変化球を使うんだね?」

「山鹿さんのリード通りに投げただけですけどね。」

「初マウンドはどうだった?日の丸背負って投げた時と比べてどう?」

「緊張しました。国際試合とは別の緊張感ですね。言葉で説明しづらいですけど。」



 もう一つの準決勝は東京代表だった帝国教育大学附属が勝ち上がってきた。略して帝教ていきょう、甲子園を何度も制しているこれまた強豪だ。実は練習試合では何度かしたことはあるそうだ。ただ、俺がいない時だったので俺はお初。


 エースの大伴おおともさん。そして、二番手投手で俊足強打の外野手も務める二年の真田一久さなだかずひさ最近イマドキ珍しい5厘刈りの頭と風貌で名前をもじって「いっきゅうさん」なんて呼ばれているらしい。


「いや、要注意だぞ。ボーイズリーグの出身だから中学時代の対戦はないけど、関東ナンバー1外野手だ。」


 ホテルに戻る。二週間近く滞在したけど今日でチェックアウトだ。正選手レギュラーはシングルルームでよかったけどね。寄せ書きのお礼とかでホテルからのお菓子が置いてあった。


 ネットのニュースで亜美の彩栄学院は準決勝で負けたみたい。春休み、一日くらいは会えるかな。亜美は負けたら泣く方だったっけ?小学校を卒業してから丸四年、お互いに知らない部分がどんどん増えていく。そして、知らなかったはずの異世界の記憶に触れて彼女はどう変わっていくのだろうか。


 泣いても笑っても初めての甲子園は明日が決勝だ。




 


 


 

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