野球の世界の片隅で。


 俺が右打席に入ると一部から笑い声とおお~という驚きの声。あとで知ったのだが先発投手は3番手の方で、今の投手はリリーフエースとのこと。


 素晴らしい制球で2Sまで追い込まれる。思わず腰を引かせるようなインサイド。こんなとこに投げ込む度胸がやはりリリーフエース。


「踏み込めるかな?坊や。」というところか。どうしても三振が欲しいだろうな。俺は次投の外に逃げる変化球をとらえた。踏み込めますよ!うーん、切れるかな?とフォロースルーのまま打球の行方を目で追う。


 打球はポールぎりぎりの左翼スタンドへ。あれ、一試合で左右の本塁打打ったの初めてな気がする。いや、リトル以来だな。


 試合は11対5で終了。こちらの完敗なのだがベンチの様子だけみたら結果は逆にしか見えなかっただろう。ただ、こちらもここで終わったわけではなく、予選通過をかけた敗者復活4回戦に臨むことに。明日勝てば第3代表の座をかけた最終決戦に臨めるのだ。


試合後、東京通運の杉木すぎき監督に呼び止められた。


「キミ、青学の沢村君じゃないのか?」

「はい。よくご存じで、」

「いや、ウチの息子が大宮シニアにいるんだけど、名前も顔も似ているっていうんでね。野球部はどうしたの?」

個人情報きくなよ、いやなオヤジだなあ、と思いつつも事情があって8月いっぱいまで社会人野球でお世話になってます、とだけ答える。


「いや、同じ埼玉の人間としてはきみがあの山鹿世代に組み込まれたらさぞかしすごいだろうと期待していたんだが。そうだったのか。そうか、復帰は9月なんだね。」

「はい。高野連が登録を受け付けてくれればそうなるらしいです。」

「そうか、じゃあ次の春の甲子園からだね。引き留めてすまんね。」


 4本塁打を褒めるわけでもないか。まあ、切り替えよう。


 しかし、翌日の産業チーム、ハピネスサイBCベースボールクラブに4-3の僅差で敗退。

これで一次予選での敗退が決まったのだ。なにしろ俺にはストライク入れてこないしね。しょうがない。青学に復帰したら伊波さんに悪球打ちを伝授してもらおう。


 敗退が決まったその夜、慰労会だった。負けたのにも関わらず雰囲気はまるで祝勝会のよう。

「背番号24は永久欠番にしておくからさ、いつでも帰ってきなよ。」

「30年後くらいですかね。それまではできれば帰ってきたくはないです。」

「なに照れてんの?」

照れてねえし。


 確かに楽しく野球ができる経験ができたのはよかった。たとえ挫折しても帰ってこれる場所がある。そう言う場所ができたのは収穫だったといえる。


「健ちゃんがプロになったら後援会作ってやるからな。会長は俺が。」

「いや、俺が。」

「いーや、俺だろ。」

「どーぞどーぞ。」

 ネタなのか本気なのかは知らないが。楽しい酔っ払いでよかった。異世界でのチームの酔い方は良いやつがあまりいなかったからな。今考えれば、恐怖や不安、罪悪感を打ち消すかのように飲んでいたんだ。楽しい酒になるはずはない。ん。誰だ俺のコップに酒ついだやつ?いいからいいからじゃねえ。ばれたらシャレにならんからな。前言撤回。酔っ払いはやっぱり質が悪い。


 俺の社会人野球が終わった一方で、青学は決勝戦で4-0で浦和学園を破って甲子園3連続出場を決めた。恐るべし山鹿世代。しかも中里先輩の完封勝利。


 俺もあの輪の中にいたかったなぁ。亜美を助けたことは後悔してないけど、逃した魚の大きさには身震いしてしまう。こういう時は飲みたくなるよね。


 亜美もワールドカップ出場のために台湾へと向かった。メールが入る。

「行ってきます!応援よろしく。」

当然、地上波でのテレビ放送はないが、親父の観る衛星放送の野球チャンネルに録画放送があったのでとりあえず予約をいれる。いや、めったに予約なんかしないので美咲にやってもらった。

「メカ音痴兄貴ださっ。こんなんもできないの?すごい簡単なのに。」

妹に罵られて少しへこむ。


 第2回女子野球ワールドカップ。開催地は台湾。開幕は7/31。放映は深夜だから観るの明日か。今回のシステムはトーナメントではなく総当たりリーグ戦で勝ち数と失点率を競う形だ。亜美の夢の舞台の始まりである。


 初戦は開催国台湾に9対0で勝利。3番遊撃手で亜美が登場。1本塁打含む3安打。3打点。少しレベル差を感じた。


 翌日の2戦目は香港。もう野球の試合というよりシートバッティングを見ているような感じだった。5回コールドで43対0。こんなん漫画の原作で出てきたら編集者にダメだしをくらうレベルの展開だ。亜美は5打数5安打。2本塁打。8打点。試合が終わらないので5打席立った時点で引っ込められていた。


 先輩たちや亜美の世界に比べたら、なんとまあ俺のいるところなんて世界の片隅ですわな。

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