まさかの展開が俺を待ち受けていた。
俺はこの夏で野球を競技選手としては引退することになる。しかし最後の最後で「野球の女神」が俺に微笑んだ。
「
部員がざわめく。いや、どよめいたと言っていい。一瞬俺は空耳だと思い込み身体が硬直していた。
「サワくんおめでとう。
同級生の女子マネ
「おばさんにつけてもらいなよ。絶対おばさん喜ぶから。」
最後の夏にやっと掴んだ登録メンバー。たった1度だけでもいい。選手としてグラウンドに立つチャンスを掴むためだけに俺は懸命に練習を重ねてきたんだ。
その日の練習後も、我先に引き揚げるレギュラー陣を背に俺は興奮冷めやらぬ下級生に混じってトンボをかける。後輩たちが口々に祝ってくれた。
「サワ先輩、よかったですね。」
お、おう。俺はまだ無重力空間を漂っているような感覚だった。まるで狐に包まれたような⋯⋯。
「先輩、狐には『つままれる』です。毛皮のコートじゃないんですから。」
2年の女子マネ
「こうなったら今日はサワさんの奢りでパーッといきましょう!」
お、おう。⋯⋯ちょい待ち!俺がおごんのかい?どうなったらそうなるんだよ。
「いや、きっと先輩のトンボ(かけ)の技術が買われたんすよ。」
それ褒めてねーし。
グラウンドを後にする頃には辺りは真っ暗だった。
俺はバッグを開いてもう一度「
これは昭和最後の夏。昭和63年のこと。だからまだ
あれ?部室がまだ明るいや。消灯忘れかどうか確認しようと部室に近づけば開いた窓から話し声が聞こえた。それはキャプテンの
「先生、自分は沢村のベンチ入りには反対です。あいつを入れるくらいなら1年の桜井を入れた方が間違いなく次のチームためになりますよ。」
キャプテンの声がする。悔しいが事実だ。でも村野先生の答えは違っていた。
「確かに桜井に経験を積ませるのも悪くはない。でもお前もずっと見てきたはずだ。沢村は1年の時から練習もサボらず、雑用もしっかりとこなして後輩たちに良い模範を示してくれた。だから実力だけでなく総合的な貢献度も考えてベンチに入ってもらった。高校野球はあくまでも『教育』の一環だ。身を粉にしてチームを陰から支える姿勢も実力として評価しなくちゃいけない。だから今日だって2年も率先して沢村を手伝っていただろ。あいつの姿勢が後輩たちに良い刺激を与えたんだ。これもすなわち次の世代のためになる、これが社会というもの⋯⋯いや、日本とはそういう社会でなければならないんだ。」
今まで頑張ったことが報われたという感激の気持ちと、実力に劣る俺のために出られない選手がいることに恐縮する気持ちがないまぜになった。たとえ伝令でもコーチャーでも守備固めでも代走でもなんでもいいから貢献しようと心から誓った。
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