万年補欠の理由。

「サワ、ずいぶんと上手く立ち回ったじゃねぇか。」

 翌日、俺がマネージャーや下級生を仕切って午後練の準備を進めていると胆沢がそう声をかけてきた。彼は俺を追い越し様、ユニホームの背中の15番をはたく。「からかう」よりは悪意のこもった力加減だ。


 俺はイラッと来た。昨日の村野先生の言葉を聞いていたし、俺は背番号を得るために雑事を引き受けて来たわけではなかったからだ。しかし同級生の女子マネの亜美がすかさず口をはさんだ。ちなみに亜美は俺や胆沢とはリトルリーグからの付き合いだ。


胆沢君キャプテン。サワくんはそんなに器用な子じゃないよ。どっちかと言えば監督の方がいやらしいだけでしょ。でも少なくとも私はサワくんは背番号ベンチに値すると信じてるから。」

 そして遠巻きに見つめる後輩たちを一喝する。

「ほら、あんたたちも突っ立ってないでサワくん並みに働きな!」


 軽い口調だが一気に悪くなった部室の空気の流れを断ち切る効果はあった。俺はその間に頭の天辺近くまで昇った血がひいていくのを感じる。


「まあお前の打撃バッティングは誰も期待してないから安心しろや。」

胆沢はそう言い捨てるとそのままグラウンドへと戻って行く。


 彼はかつて俺の「ライバル」だった。ただ「敵手」という日本語表記が当てはまらない男だ。むしろ、俺が「万年補欠」である原因を作ったのもヤツなのだ。そう「天敵」と書いてライバルなのである。


 俺とヤツは同じリトルリーグのチームで野球を始めた。俺は小さい頃から打撃バッティングのセンスに優れていて四年生になる頃には早くもレギュラーに手が届くとさえ見られていた。


 それを快く思わなかったのが胆沢だった。当時はまだヤツのドス黒い本性を知らなかった俺は夏休みに入ったある日、ヤツの従兄の高校生が自主練習を見てくれるという誘いに付いて行った。


 練習終わりに俺は胆沢とちょっとした賭けをする。昼飯をどちらが奢るか程度のたわいの無いものだ。従兄の球を打てるかどうかだ。ストライクゾーンに直球ストレートを10球づつ投げてもらってヒット性の当たりを何本打てるかというゲーム。恐らく彼は俺に恥をかかせたかったのだろう。

 

 先攻は俺。彼の従兄は高校生にしてはそこそこ球の速い投手だったが手加減している以上打てないほどでもなく、いとも簡単に俺がヒット性の当たりを繰り返すとムッとしたような表情を浮かべる。


 球速はどんどん上がっていく。だんだん俺にとっても未知の球速になっていく。ストライクゾーンを外した球はノーカンであるが速度ゆえに外す球が増える。


 待てよ。公式に比べリトルではピッチャープレートとホームベース間は4mも短い。公式で130km/h近く出せる投手に思い切り投げられたら150km/h超えるんじゃ⋯⋯。そう思った瞬間身体が恐怖で硬直する。


 力んで球がすっぽ抜けたのか、高めに浮いた直球ストレートが俺の頭に当たる。ゴッ、という鈍い音。弾き飛ばされるヘルメット。俺は昏倒こんとうした。



 


 

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