そして「野球の女神」ではなく「転移の女神」が現れる。

 俺はそのまま呼ばれた救急車で運ばれた。よく冗談混じりに一度は乗ってみたいと言っていた救急車だったが、寝かされた状態じゃ大して面白くもなかったというのがぼんやりとした感想だった。


 ただ、俺はそこから「死球恐怖症」になってしまった。これは投げた胆沢の従兄さんの方もそうなってしまったようで、投手の方は通称で「イップス」というらしいが当時は名前さえ付いていなかった。


  俺は球筋は見えるが身体が一瞬動かない、そんな状態が続いた。これは打撃バッティングには致命的な障害だった。今ではようやく抜け始めているがピッチングマシン相手の場合だ。人間と違って暴投ビーンボールもないとわかり切っているからこそなんとか我慢できるが、人間が投げる球なんぞ怖すぎる。ただ、今更治ったところで手遅れが過ぎるのだ。


 もちろん、監督もそれを知った上での登録メンバー入りである。だから俺はよくて守備か代走要員であり、恐らくは伝令かコーチャーボックスで使うつもりなのは明白だった。でもそれは競技人生最後の夏で掴んだチャンスでもあったのだ。俺はボックスで精一杯腕を振り、声を上げたい。


  チームはベンチ入りメンバーだけで予選前の最後の合宿を長野県で実施した。

監督とコーチの先生。マネジャーの亜美と知世。そして選手を合わせると19名だ。


 その帰り道だった。俺たちを乗せたマイクロバスが峠道に進んでいると、対抗車線から暴走車が突っ込んできたのだ。運転していた村野先生はそれを避けようと咄嗟とっさにハンドルを切ったのだがかえって制動コントロールを失い、マイクロバスはガードレールを突っ切って崖から転落してしまったのだ。


 当時は後部の座席までシートベルトをするなんて法令すらなかった時代。全身を叩きつけられた激痛の中、俺の意識は飛ばされようとしていた。


⋯⋯ああ。最期の最期まで、俺は野球の女神様には愛されていなかったのか。


 俺は虚空に向かって手を伸ばす。その腕が弛緩しかんした時、それは俺の命が尽きた時だった。


 一転、俺たちは真っ白な部屋⋯⋯いや、空間にいた。女神?の前に並んだ野球部員たち。全員ユニホーム姿だ。あ、村野監督も亜美たちもいるな。


「⋯⋯みなさんにはこの世界の魔王を討伐していただきます。」

そう言ってから女神は説明を始めた。


 これは若くして亡くなった魂が地獄行きにならないための救済措置そちだという。異世界で善行を積ませ、その後新たな転生先に送り出すための修行の地、辺獄リンボと呼ばれる世界へに送り込まれたのである。


あー、つまりこれって「クラス転移」ってやつじゃん。


  女神は「勇者」になった俺たち全員に能力スキルを割り振ったのだ。ただ、それは背中についた番号順だった。俺は異議を申し立てたが「めんどくさい」の一言で却下されたのだ。


 神剣の覇者、不死身の守護者、黎明の大賢者⋯⋯。いろいろ中二的かっこよさそうなチート能力があったが、最後の背番号15を付けた俺に残っていたのは「支援型」の、しかもチートですらない能力スキルだけだったのだ。名前も「凶星の道化師」だそうだ。


 ただ文句も言えない。監督とコーチは「先導者チューター」というスキルで俺たちを導くためにかなり強いがまったく初期設定以上は成長しない、というというものだった。女子マネ2人は「同伴者コンパニオン」というスキルで強力な「生活魔法」を行使できるが戦闘にはまったく不向きなものだったのだ。


 かくして、俺たちの冒険がが始まろうとしていた。


 

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