彼女か試合か危険な賭け

 香奈先輩さんはスタジアムのすぐ外にいた。ルームメイトの愛ちゃんも一緒にいた。二人は完全に怯えきっていた。

「なにがあったの?大丈夫だから落ち着いて説明して。」

俺は混乱と怯えの解除魔法をかける。二人は説明してくれた。


 信濃町駅から球場へ向かう途中、同じ方向に行くという3人の女子高校生に「近道」を案内してもらったという。すると建物の陰に入った途端、柄の悪い男性数人にからまれ、亜美だけが連れ去られたというのだ。「からまれる」というよりは「有無を言わさず」連れ去られたらしい。


 案内してくれた女子高生はすぐに逃げたという。どうする?とにかく警察への通報を頼む。香奈先輩に一応魔法が効いたらしくなんとか落ち着いて通報できるくらいの状況にありそうだ。


 狙いは亜美なのか俺なのか?あるいは偶然なのか「魔王の欠片」の発動によるものなのか?亜美の携帯から着信がある。出ると男の声でお前の大事な女をあずかっている。警察に通報するな。音声を録音するな。電車に乗って新宿まで来い、という文言だった。


 「犯人から電話だ。亜美を助けに行ってきます。」

「危ないよ。警察を待とうよ。」

いや、それじゃ試合までに間に合わない。


 目的は身代金ではない。俺を決勝戦に出場させないことだ。亜美の反応、つまり亜美のヘアピンにしこんだ魔法の反応を探査魔法サーチする。反応はすぐ近くだ。


 電車に乗れ、というのは俺を振り回すブラフだろう。俺は人ごみを縫って亜美のいる場所へと走り出す。「自動回復」と「加速」。よく考えたらこの二つの魔法があればマラソンで五輪の金メダルも獲れんじゃね?


 ただ亜美を助けたら試合に使う分の魔法は残らないだろう。どうする?亜美を見捨てて野球で栄光を掴むか。野球を棄てても亜美を取るか?走っていると思いのほか頭がすっきりとしてきた。思えば異世界でも亜美と知世が敵の四天王に人質にとられた時、それをケントと二人で助けに行ったのが俺の最後のミッションだった。あの時のあの決定を俺はいままで後悔したことなどない。


 人付き合いの方は進歩していないが魔法の腕だけは上がっている。再開発街区にある人がすでに退去した3階建ての小さなビル。取り壊しを静かに待っているのだろうか。

 このビルの3階に亜美はいる。多分、ここにまっすぐに来るとは想定もしていないから敵の見張りもいない。


 「開錠オープン。」

一応、勇者なので勇者用ラノベの基本の魔法は使える。「言語」、「探査」、「開錠」、「鑑定」、「収納(小)」である。ただこれは最低限のもので

「探査」も亜美があの「ヘアピン」をつけていなかったら探し当てることはできない。


 本当は亜美をさらったやつを殴ってやりたい。しかしそれを逆手に「暴力事件」としてチームに迷惑をかけるわけにいかない。「麻痺魔法パラライズ」を使おう。さらに支援魔法「体表硬化」と「加速」を重ねがけする。


 扉を開けると、すぐそこにいかにも反社ソレっぽい男がいてあ、という声を上げた。しかし加速された動きで素早く男の肩に触れるとその場にくずおれる。うまく「四肢麻痺」になったか。


 男の顔を思い切り踏みつけてやりたい気持ちを抑え、睡眠魔法スリープをかけると男はいびきをかきはじめた。亜美のヘアピンにこめた魔法反応を目指して階段を登る。


 ドア越しに複数の男の声が聞こえる。俺はさっきおれにかけてきた男に携帯をかける。室内で電子音が鳴る。恐らくはプリペイドの携帯だろう。

「新宿駅についた。亜美をどうする気だ?」

「そうだな。返してほしいなら東京駅に行け。」

半笑いで言うのが癪にさわる。さんざん振り回し、試合が終われば何食わぬ顔で亜美を解放する気か?いや、それだけですますはずもない。口封じのために、あるいは俺に対する嫌がらせのために亜美に酷いことをする可能性も高い。


「それほど時間はないんでね。さっそくそちらに伺うよ。」

電話を尻のポケットにつっこんで俺がドアを開けると一番奥のデスクの椅子に亜美が拘束されていた。


 部屋の中の敵は男が4人。いかにもって感じの反社ヤクザ 。普通の中学生なら目すらあわせられないだろう。これでも俺は異世界では対魔人戦闘もそれなりにこなした経験者、普通の中学生ではない。反社ヤクザ とはいえ所詮は無力な人間に過ぎない。


「てめえどうしてここがぁ!」

 入口の男が俺の胸倉をつかんだので彼の側頭部に軽く触れると男に盲目魔法ブラインドが発動する。

「目がぁ、目がぁ!」

といいながら男が片手で目を押さえ、もう片方の手で壁を探しながらすっころぶ。

「大佐」かよ、とツッコミを入れず俺は中央のソファに座る3人の男の方へ向かう。俺が加速しているのでゆっくりにしか見えないが長椅子に座る男の一人が拳銃を構えるとそれを撃った。俺はキャップを男の手に投げつける。命中率が上がってるのでつばで拳銃の向きがかわり天井を撃ち抜いた。


 至近距離で拳銃を抜く素人さ加減にあきれながらも俺はその男の手にタッチすると男の手足を麻痺させる。男はもんどりうってソファにまた座り込む。


  さらにもう一人の男がぬいたナイフを俺に突き立てるが、体表硬化魔法のおかげで切り裂かれたのはユニフォームだけ。そいつの腕にタッチして四肢を麻痺させる。男は銃を握ったままうつ伏せのままピクピクして「あーあーあー」という声をあげている。寝返りなんぞ打てねえよ。


 一人掛けに座った最後の一人は唖然としながら俺を見る。その顔はヤクザにしてはいやに幼く見えた。しかもその顔には見覚えがあった。


 

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