亜美と俺と亜美

 魔王討伐のために異世界召喚され、見事に目的を果たした場合、中途で死亡リタイアしたものを含めた特典がつく。例えば俺が魔法を使えるまま転生したのと同じように。ここに転生する前には亜美もこちらに転生することになっていた。


 だからこそ俺はその転生先の「憑代よりしろ」となるはずのこの世界の亜美と関係を深めていたし、年末に聞いた亜美の夢からもこちらへの転移がついに始まったのかと思っていたのだ。女神はつづける。


 「亜美はあなたの死後、国王の側近の一人に求愛され、結婚して家庭を築きました。とても幸せだったようですよ。しかしそれはあなたに対する裏切りになってしまったことへの罪悪感で、あなたの元には行けない、とのことです。」


 別に罪悪感を抱く必要もないと思う。きっと良い旦那さんだったのだろう。魔王討伐の特典もそちらで使ったということだ。

「それは仕方がないです。その後の長い異世界での人生を一人きりで生きろなんて言えませんよ。確かに『死が二人を分かつまで』は恋人同士でしたが、その後まで縛るのはよくないでしょう。俺は亜美の決定を尊重します。まあ俺が『振られた』ということにはなりますが。」


俺の答えに女神は微笑んだ。


「それで亜美が望んだ魔王討伐の特典を教えておきますね。」

なんだろう?

「それは、胆沢龍児の中に眠る『魔王の欠片』の除去です。彼女の魔王討伐までの記憶は夢の形であなたの世界の亜美に送り込まれます。そして最後の記憶とともに、その魔法式も送りこまれるでしょう。」


 俺のために?自分や家族のために特典を使えばよかったのに。そう、俺みたいに魔法が使えるまま転生ということもできただろうに。じゃあ彼女は次は普通の人間として転生するの?


「そうなるわね。そしてそれがせめてものあなたへの償いになればと望んでいたわ。だからあなたの世界の亜美を大事にしてあげて。あなたが亜美に答える最良の方法はそれしかないと思うわ。」


 そうか、本当にさよならなんだね、亜美。仲間に裏切られ死んだあの日の苦痛、絶望、怒り、恨み。胸の中に閉じ込めてきた感情が久しぶりにぶり返す。あれはまさしく人生の苦みそのものだった。


 そしてありがとう、亜美。胆沢はまだ自分の中にある禍々まがまがしいものの正体に気づいていない。だからこそ早めに対処する必要があったのだ。


目を覚ますとそこはフェニックスの安宿の部屋で、女神の姿もあの「白い部屋」もどこにもなかった。


 そして、女神との交信はその晩だけだった。


 俺は帰国するとケントに報告のためのアポを取った。俺がセドナに寄ったこと、女神と交信したことを知るとケントは

「……そうか。きみも行ったのか。私も元いた世界に残した彼女ガールフレンドと家族の様子を見るために交信したことがあるよ。」

感慨深げに言った。


「元気だったの?」

まあね。まるで私なんか存在もしていなかったかのように元気だったさ。最初は落ち込んだよ。今の君みたいにね。でも、写真立ての中でずっと微笑んでいる僕がリビングにいたよ。それでいいと思ったんだ。少なくとも愛されていた記憶と時間は無くなったりはしないから。踏ん切りがついた私はこの世界でも家族を設けた。


 この世界だってうまくいかなくて離婚する夫婦カップルは多いよ。でも健は前の世界の亜美と喧嘩別れしたわけじゃない。自分の命を救ってくれた英雄ヒーローとして亜美の心の中でずっと君は生きている。そして亜美の面影を追って君は今でもこの世界の亜美を恋求めている。それで良いんだよ。


 だから今はこの世界の亜美を大切にしてあげなさい。」


 俺はしばらく涙が止まらなかった。


 そうだ。今は前を向いて、そして上を目指して進んでいこう。そして、もし胆沢から「魔王の欠片」が取り除けたら、またお礼を伝えてもらうために交信できたらいいな、そう思った。


 青学の春の甲子園の出場は年末には正式に神宮大会枠で決まっていた。これは「秋の王者」として春の甲子園に臨むということだ。


 野球部部長と主将キャプテンの伊波さんが前乗りで大阪に向かった。組み合わせ抽選会に参加するためだ。

「あいつ、くじ運悪いからなぁ。あまり強敵を引き当てるなよ。」

山鹿さんがぼやく。


 うーん。俺からすれば先輩方はすでに高校レベルを超えてるんだけど。きっと青学とはあの怪物たちモンスターと決勝まで当たりませんように、という学校ばかりだと思うぞ。


 俺がそう呟くと、隣にいた景虎トラが呆れたように言う。

「俺に言わせれば健さんもその怪物モンスターのうちに入ってまっせ。」


そうか?俺的には景虎トラたちが高等部に上がってきた先輩たちの最後の夏が完成形だと思うぞ。


 ちなみに、伊波さんは選手宣誓をクジで引き当てていた。持ってるね、主将キャプテン

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