キャンプを観に来たんです。

 アメリカでそれなりの充実した生活を味わった俺はアカデミーとチームを離れて日本に帰国することにした。3月初旬のころだ。


 せっかくなのでメジャーのもう一つのキャンプ地、アリゾナを見学しようということになったのだ。ケントからの借金もだいぶかさんできたんだけど、正直金額が大きくなりすぎて感覚はマヒしているから気にしない。


 アリゾナの州都フェニックスとそこから150kmほど離れたツーソンでもう半分のメジャー球団が集結してキャンプを張っているのだ。ただ、自家用車が無いといろんなところは回れんな。日本人がいたら便乗させてもらいたいが、そんな都合よいことがあってたまるか。


 と、思ったらいた。ただしこちらが避けたいレベル。というのも彼らがいわゆる「山伏やまぶし」の装束しょうぞくに身を包んでいたから。メジャーのキャンプを観に行く格好じゃない。他を当たろうと思ったら話しかけられたぁ。


「青淵の沢村君だよね?」

声の主は作人館の熊野さんだった。

「お久しぶりです。神宮大会以来ですね。こんなところでなにを?」

お互い甲子園前にアメリカで遭うという奇跡。


「僕は修行でね。きみは旅行?」

俺が自分の経緯いきさつを話すと


「よかった。きみを連れていきたいところがあるんだ。クルマは出すから一緒にどう?」

 ご家族の皆さんもぜひにと請われ根負けしてしまった。


 とりあえず日本人選手が所属する球団を3つほど回る。レンタカーを運転するのは熊野さんのお母さん。ネイティブアメリカンだそうだ。俺の前世の時は「インディアン」といった方がわかりやすい。なので英語も運転も大丈夫なのだ。それで熊野さんはベンジャミンなんてミドルネームがついてるのか。


夕方になったころ、そろそろお開きに、というところで熊野さんに尋ねられる。

「沢村君はホテル取ってあるの?」

「いや、まだです。」

だいたい出会ったの空港の到着ロビーやんけ。

「それはよかった。じゃあこれから君を連れていきたいところへ向かうよ。」


今からぁ?


 クルマはフェニックスから北へと向かう。夜が更け、晴れ渡った砂漠の空に満点の星。すげえ。2時間ほどで着いた場所。もはや真っ暗だ。そしてオートキャンプ場に入る。俺、キャンプを「観に来た」のであって、「しに来た」のではないのですが。


「ここがセドナ。アメリカでも有数の霊場だよ。1日だけ修行に付き合ってもらいたい。」

霊場とか言わないでくださいよ。せめてパワースポットくらい言うてください。それに夕飯とかどうするんですか?


「心配ない。近くには割と遅くまで空いているレストランも多い。」

それ修行かーい!まあいいや。割と流され体質の俺も悪い。へんな精進料理よりはましか。


 セドナというのはネイティブアメリカンの聖地で、別名サンダーマウンテン。そう、某裏声ネズミの国のアトラクションのモデルになった場所だ。その中でも気脈ボルテックスと呼ばれるパワースポットに「ご利益」があるらしい。熊野さんは毎年家族で修行でここを訪れるそうだ。


 「君から感じる異世界の『波動』に関係があるかもしれない。行って損はないと思う。」

 夜明け前に、起こされるといちばん「気軽に」いける気脈ボルテックスに向かう。まあ、これも何かの縁ってやつか。そこで日の出を見る。まあ観光としては悪くない。そういう気脈は4つあって、熊野家は一番奥にある上級者向けの場所で修行するそうで。まあ、そのほかのところはかなり拓けているらしい。近所にスーパーもレストランもホテルも完備だからさほど修行感はないかもな。


 俺は夕陽をカセドラル・ロックというところで堪能してからフェニックスへ送ってもらった。彼らは明日から本格的に修行らしい。


 俺はホテルの部屋を取り、シャワーを浴びると道中に買った簡単な夕食で済ます。明日にはロスまで出て、成田への飛行機に乗るつもりだ。


 眠りにつくと、俺は「白い部屋」にいた。そこには、二度ほどあったはずの「女神様」がいた。やばい。俺死んだ?


「いいえ、あなたが一日精霊魔力を蓄えたおかげで一時的に交信できるようになりました。それで、残念なお知らせです。」


 マジで?ただ、俺は魔法の使い方にダメ出しされるんじゃないかとひやひやする。ここで魔力を取り上げられたらアウトだ。しかし、女神は申し訳なさそうに言った。


「あなたとかつて『異世界』で恋人関係にあった松崎亜美はあなたの世界に転移することを辞退しました。」


なに?



 


 



 



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