初めての甲子園、始まる。

 本当は亜美にも会いたかったのだが、彼女も女子の全国選抜大会に出場するため春休みに、と言うことになった。女子の大会は今年は埼玉県で開催だそうだ。近くて羨ましい。


「なに言ってんの?甲子園の方が100倍羨ましいに決まってるでしょ!しっかりチェックしてあげるからちゃんとやりなさいよ。」

電話で亜美に怒られてしまった。彼女の記憶に送り込まれる世界の夢がどこまで進行しているのか知りたかったのたがその糸口は見つからなかった。



 俺たちは高野連と主催者側が手配してくれた兵庫県伊丹いたみ市内のホテルに入ったのは大会の4日前。実際の甲子園のグラウンドで練習する「甲子園練習」の前日だ。


 埼玉県勢と三重県勢は例年この同じホテルらしい。今回は東海地区の2枠に三重県勢は入れなかったらしく球児はうちだけのようだ。


 「大浴場が無いんだよねぇ。それだけが欠点。」

山鹿さんがぼやく。俺はシャワーだけでも大丈夫派だからべつにいいけど。


 ちなみに出場するメンバーと監督には主催者側から宿泊費と交通費が一定額補助される。あとは学校ごとの寄付を募ったりする。もちろん青学も寄付を集めているが、ケントの駆使する治癒魔法によって治療を受けた世界各国の一流プロ選手から学校への多額の募金があるため、ベンチ入りできない選手やチアや吹部にも学校から補助が出る。


 ちなみにうちの両親は景虎トラのお母さんの大阪の実家に泊めてもらうそうだ。


 「甲子園練習」と言ってもたったの三十分間しかできない。しかも次の出場校のためのグランド整備の時間込みだ。グランドの土の感じやバウンドの感覚。芝の感覚、外野フェンスのクッションの感覚。マウンドの高さ。プレートの感覚。確認することは山ほどある。だから1秒たりとも無駄にできない。


 おわるとフェアゾーンをからはけて次の出場校にゆずり、ベンチ前での記者会見。「青学5人衆」と呼ばれる先輩たち、そして俺も単独で記者に話を聞かれる。いつもの由香さんのおかげで落ち着いて対応できた。


「持って来た旗をまた持って帰りますよ。僕たちも神宮大会の時より一回り成長してますんでそこをお見せできれば。」

抱負を聞かれた伊波さんがしれっと宣言していた。


 俺はチームとしてより個人的な抱負を聞かれることが多かった。

「都市対抗と比べてどう?」

「出場者がみんな若くて驚きました。」


「ドームの天井弾凄かったね。今回から『飛ばないボール』に仕様が変更になったけど感触はどう?」

「飛ばぬなら飛ばしてみようホトトギス、という太閤さんの精神で頑張ります。」

今回の大会から従来の高反発だったボールの使用をやめ、いわゆる「飛ばないボール」が導入されたのだ。


 2日前は近くの県立高校のグラウンドを借りての練習。休み時間になると生徒たちが見学に来て大変だった。まあ仕切られているから入ってくることはないんだけど。


 大会前日は開会式の練習である。行進の練習やら優勝旗返還、そして選手宣誓と伊波さん目立ちまくりだ。


「タツ、『スポーツマンシップヒップ則りモッコリ』とか絶対言わないでくださいね。」

ケントに目一杯釘を刺されていた伊波さん、練習では真面目にやってました。


 「うーん、緊張するなぁ。」

 夕食は宿舎のホテルでバイキングだ。俺の呟きに伊波さんが笑う。

「日の丸背負った経験もあるくせに謙遜すんなよ。」


「だって甲子園ですよ?あの甲子園ですよ?俺だってただの高校生なんですから人並みに緊張しますって。」

「誰がただの高校生だよ。」

うーん。素直な感想が却下されてしまった。前世ではテレビの中の世界だった情景が目の前に繰り広げられるのだ。


 開会式当日、あいにくの曇り空だったが、行進曲に乗せて大観衆の前へ出る。

明日、ついにここでデビューするんだ。


 ちゃんと選手宣誓を真面目に果たした主将キャプテンに胸を撫で下ろしながらこの異様とも言える雰囲気を楽しんでいた。


 大会2日目、朝から怪しい天気。この時期はいわゆる菜種梅雨なたねづゆの時期なので割と雨が降りやすい。


「あー、降ってきたな。」

 試合の2時間前には球場入りしたものの小雨がぱらつく。第二試合の終わり頃、ついに本降りに。結局雨天順延。3日目の第一試合になった。


「うわー、雨の中も嫌だけど4時起きも嫌だなぁ。」

珍しく住居さんが声をあげた。朝8時試合開始で2時間前に球場入りとなると早起きしなくてはいけなくなる。


 一日身体を動かさない、という日も珍しいかも。

 

 


 

 

 

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