運命のドラフト会議。

「まず、決勝の最初の2回、お前が先発しろ。」

「はい。」

 関東大会出場権を確保しているため、「使い所」がなかった俺を「逆抑えオープナー」に起用するということだった。そして、俺の肩に手を置いて言った。

「健、お前はお前の道を行け。ここはあくまでも学校に過ぎん。チームの勝利よりお前の将来を優先しなさい。」

「はい。」

恐らく関東大会の日程とアジア選手権の合宿の日程が近すぎることを見越してのことだろう。まだ最終候補の発表はまだだけどね。


 翌日の決勝は春日部共明高が相手だった。俺は最初の2回を6人できっちり抑えて胆沢につなぐ。胆沢も落ち着いたマウンドさばき。流石に無失点とはいかなかったが10点差に守られて投げ切った。


 山鹿世代が抜けた穴は大きいと意気込んでは来たが、投手三人の成長が著しくかった。やはり、打線も大事だが短期決戦のトーナメントでは投手力がモノを言うというセオリー通りの結果だった。打線は上下の世代に劣るが投手・守備力では俺たち「3沢」のトリオはどの世代にも勝れども劣らずなのだ。


 県大会の優勝は盛り上がったが俺たちにはもっと気になるイベントが待ち受けていた。ドラフト会議だ。五人衆は全員プロ志望届けを提出している。


 俺たちも学校の会議室に急遽作られた会見場の設置作業を手伝ったりする。会議が午後2時頃から始まることもあり運命の時は着々と近づいている。


 今年度までの高校生と大学・社会人が分離ドラフトとなっているが、大学・社会人は希望入団枠というのがなくなっている。


 一応、各球団のスカウトさんたちからそれぞれ指名の挨拶は全員受けているらしく、いつもは泰然自若としている人たちがソワソワしているのはなんとも微笑ましいというか可笑しかった。


 「あの、今どんな気持ちですか?」

昼休みに会見の打ち合わせが終わると、俺はお茶を淹れるマネージャーたちを手伝いながらつい尋ねてしまう。


「めちゃくちゃ緊張してる。⋯⋯もし指名されなかったらどう言う顔をすれば良いのかな。」

山鹿さんが腕を組んで座っていたが片目を開けて言った。

「ソッチですか?高校No.1キャッチャーですよ。欲しくない球団はないです。」


「俺も身体が小さいからなぁ。将来性ないとか思われてたら嫌だなぁ。」

あの中里さんが弱気になってる。

「アンダースローで日本最速レベルですよ。それに甲子園の春夏優勝投手が日本に何人いると思ってんですか。」


「俺は12球団から1位されたら困るなぁ、と思ってるけどな。」

伊波さんは豪快に笑うが少し語尾が震えている。

「心配いりません。くじ引きで決まりますから。」


 能登間さんはドラフトにかからなければ音大に行くかヨーロッパに音楽留学に行くつもりなのであまりこだわりはないそうだが、指は小刻みに空の鍵盤を叩いている。


 同様に住居さんも半分は大学志望なのでどっちでも良さそうだ。テレビ中継は特番で入るらしい。


 昼休みが終わり、会議の開始が近くなると会議室に次々とテレビ局や新聞社と言ったマスコミの記者さんたちがはいってくる。先輩たちも授業らしい。これは絶対授業中は上の空だよな。俺もだけど。


 5限目は皆んなでサボった。もう、授業どころじゃないし。テレビ付き携帯を持つ普通科コースの生徒に小さい画面で食い入るように見る。


 1位指名は山鹿さんが6球団、伊波さんが2球団、大阪桃林の坂田さんが2球団、求道学院の諸星さんが1球団、横浜学院の大門さんが1球団だった。


 抽選の結果、山鹿さんは地元の埼玉ライオンズが交渉権を獲得、伊波さんに至っては東京ジャイアンズと福岡ファルコンズの抽選で福岡が交渉権を獲得。ハズレ1位だが中里さんは千葉マリナーズが交渉権を獲得。


 流石に会見場には入れてもらえなかったけど。校庭に部員が集められ、学校が用意していたキャップを被ってのガッツポーズからの胴上げ。全員は行けないので3年生を中心に喜びを分かち合ってもらった。


 住居さんがジャイアンズ3位、能登間さんが関西バイソンズ4位と五人全員が指名された。契約するしないは別にして全員が指名されたのは素直に嬉しかった。


「いやぁ、来年は俺たちも指名されるかなぁ。」

凪沢が嬉しそうに言った。

「そうなるように頑張ろうぜ。」



 甲子園を4回制覇したとは言え1チームから五人も指名されるのは異例中の異例だ。ただ、呑気に祝杯をあげる暇もなく、3日後からは国体が始まる。


 前人未到の神宮大会、甲子園春夏、そして国体。最後の栄冠に向けて先輩たちは旅立っていく。

 


 


 



 

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