金メダルは噛みませんよ。

 因幡さんがウイニングボールを掲げて走ってくる。安倍さんがマスクをあげるとマウンドに駆け寄って来る。内野手も皆マウンドに集まる。頭の中が真っ白になる。ベンチからも選手たちが駆け出してくる。


 「ニッポン!ニッポン!」

日本人のお客さんからニッポンコールが。


 とりあえず、干野監督を胴上げ。三度監督が宙に舞う。グラウンドに表彰台が運び込まれる。キューバ、韓国の選手たちも整列し、3位から順番に表彰台に乗り首にメダルをかけられる。


 君が代が演奏され、胸にかけられたメダルに手を置いて夜空に上がって行く日の丸を見つめていたが滲み始める。アカン。これ泣いてしまうヤツや。とりあえずベンチを引き上げ、プレスセンターで取材を受けるためバス移動。


 「もう、オリンピックには行きたくないなぁ。胃が痛かったし吐きそうだったしもう懲り懲り。」

「ですよねぇ。金メダルなんて1個もらえば金メダリストですから。2個は要らないですよね。」


 達成感と解放感。強いのは解放感。「満身創痍まんしんそうい」の「最強軍団ベストメンバー」。行き当たりばったりの首脳陣と謎ばかりの起用法。それが功を奏したという奇跡。


 少なくともこの監督ひとの下でやるのは二度とごめんだ。それが選手たちの空気だった。今は言わないだけだけど。


 プレスセンターで色々と聞かれる。写真を撮るとき「メダルを噛んで」というリクエストが多かったが全部お断りした。


 俺の時は学校と中継が繋がった。この決勝戦を希望者とパブリック・ビューイングをしてたようだ。ケントがおめでとう、と祝福してくれる。そして俺の家族が引っ張り出されて会話?させられた。


「おめでとう。」

「うん。」

 顔が涙でぐちゃぐちゃになってたので恥ずかしいことこの上ない。両親も同じく顔が涙でぐちゃぐちゃになっていてこれだけで会話にならなかった。最後母に「帰ったら何食べたい?」聞かれたたので「金メダルだから『金目鯛』かな」とギャグを言ったら、母の横にいた唯一冷静な妹の「さぶっ」ってつぶやく声がマイクで拾われていて爆笑を誘っていた。


 ホテルは明日チェックアウトのため寝坊はできない。日本のスポーツニュースを見ながら荷造りをして、お土産関連は「収納魔法ボックス」に突っ込んでおく。


亜美から通信が入る。

「おめでとう。すごいね金メダル。見せて見せて!」

手荷物の方に入れていた金メダルを首にかけてみる。

「どう?つけ心地は。」

「選手権(夏の甲子園)のメダルの方が嬉しかったかな。ただ今はひたすら重圧プレッシャーからの解放感がハンパない。ホテル帰ってから膝がガクガク震えてるわ。あー、俺もずーっと緊張してたんやなぁって思い知らされた感じ。」


「そっかぁ私も来週、同じ科白こと言えるかなぁ。」

「亜美なら大丈夫だよ。いつものおまじない、いるか?」

「え?まだ魔力残ってんの?」

「そっか、ほぼ使い切ったわ。自分から言って置いてすまん。」

「じゃあ明日、試合前までにお願いね。おやすみ!」


 翌日飛行機で夕方前には羽田につき、そのままホテルへ直行。野球関係のお偉方が集まった「報告会」、「解団式」、「祝勝会」を兼ねた宴会へ。ここでも「メダルを噛んで」が。噛みません。もう日本なのでアルコールは二十歳になるまで封印。ホテルに一泊してから自宅へ帰る。


 自宅は爺ちゃん婆ちゃんをはじめ、親戚一同が大集結。金メダルを見に来たそうだ。⋯⋯そこは祝ってくださいよ。小さいころから応援してくれているそれぞれの祖父母にはメダルを首にかけてもらう。ここでも「メダルを噛んで」が。噛みません。そして「じゃー俺が噛むー」となぜか金メダルに突進してきた小学ダンスィーの従弟を阻止。なんやねん。


 両親と妹にもそれぞれかけさせ写真を撮る。プロ入りもうれしかったみたいだけど、金メダルはまた格別らしい。ギャグで言った金目鯛も食べました。やっぱ母ちゃんの飯は最高。


 おい、なんだこの色紙の山は?親戚連中が残していった色紙の山に唖然とする。

「おーい、美咲!バイトの時間だ!」

「えーっ、一枚いくら?」

妹は俺のサインが書けるので、交渉の結果一枚300円でアルバイトさせる。軽く100枚以上あるから中学生には結構良いバイトだろ。

「雑に書くなよ。心を込めてな。」

「なら自分で書きなよ。」


母ちゃんが口をはさむ。

「お兄ちゃん、あんまり美咲を甘やかさないでね。美咲の金銭感覚がおかしくなると困る。」


とりあえず買って置いてもらっていたオリンピック期間中の新聞に目を通した。

 

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