社会人野球で「両利き王子」と呼ばれてしまった。

いきなり社会人野球!?

 そう、硬式野球の市民クラブ「全深谷市オールふかやし」である。市民クラブとしてはそこそこ強い。さすがに企業チームが入ってくると見劣りするが、なかなかの成績だ。


 父親も顔を出していた。えー、もしかしてこれって?

「そう。これから入団選考会トライアウトを受けてもらいます。」


マジすか……。「社会人野球」と言われているが、実は高校生でも登録できるのだ。高校は義務教育じゃないからね。もちろん、高野連との二重登録は不可能だ。「大深紅旗」や「紫紺旗」から「金獅子旗」へ目指す旗の色が変わるのだ。


「健ちゃん、『金獅子旗ゴールデン・ルーヴェ』は某『銀河帝国軍』だよ。『黒獅子旗』だよ。」

 そうだっけ?親父につっこまれるまでそれくらいの認識しかなかった。


 テストは打力、投力、走力、守備力が試される。テストの結果は?監督さんが嬉しそうに合格を出してくれた。


「もちろん合格。うちにはもったいないレベルだね。正直言って東京通運ペリカンに行ってもレギュラー狙えるレベルでしょ?ほんとにウチなんかでいいの?」

東京通運ペリカンとは県内では恩田技研と双璧をなす企業チームの強豪である。


「まあ夏までの限定こしかけですし、企業チームは高校在学生は採らないですからね。家からも遠いですし。」

 

 練習・試合は土日が主なので通常のトレーニングは青学で、野球の練習はクラブでというパターンになったのだ。


 4月から晴れて高等部にあがる。山鹿さんたちは春も優勝して連覇達成。選抜制覇も県勢初である。


 実は歴史的に埼玉は野球が不毛の地であり夏の甲子園に埼玉県勢の高校が初めて出たのが第30回大会。中止された年を含めると最初の33年間一度も出たことすらなかったのだ。春も似たようなもので初出場は意外に第8回と早いが戦中戦後は23年間にわたり一度も出られていない期間がある。


 ビッグニュースはもう一つ。亜美が4月初頭の女子野球日本代表のセレクションに合格し、代表候補23人枠に入ったのだ。7月の頭にそのうちの20人が登録選手として決まるらしい。ちなみに同じ高校の例の香奈先輩も候補入りしたのだ。


 メールで「おめでとう」と送ると「ありがとう、落ち着いてできたよ。おまじない効いたみたい。」まぢでラブラブ言うたんやろか……。


 さて俺は野球部には出禁なため、自然とジュニアとつるむ機会が増えた。そして週末はクラブチームのオッサンたちと。3年間のうちにだいぶ顔ぶれは変わっていたがフレンドリーさは変わっていなくてホッとしていた。


 俺は背番号24をもらった。空いてる番号がそれしかなかったからだ。そして捕手以外はどこでも守れる便利な野手兼抑え投手ストッパーになる。まあアマチュア野球ではさほど珍しい存在ではないのだが。


 クラブチームが目指せる全国大会は3つ。都市対抗野球大会、全日本クラブ野球選手権大会、社会人野球全日本選手権である。クラブ選手権はつい先日、埼玉予選の準決勝ですでに負けていたため、都市対抗の予選だけで俺の社会人野球生活が終わってしまうかもしれない。


 正直言ってこのチームは予選を突破して全国大会に行けるようなレベルではないのだ。選手はみな高校まで野球していた人たちばかりとは言え、先月までいたアカデミーや青学の高等部の方が断然強い。こんなチームから俺が得るものなどなにかあるのだろうか?俺も周りに合わせてだんだん野球が下手になりそうで怖い。まあ、あと4か月の辛抱だ。いや、少年期における4か月ってかなりでかいんだけどね。


 ただ俺はまわりのみんなから「健ちゃん」と呼ばれ可愛がってもらった。「健ちゃん」なんて親戚くらいにしか呼ばれないのでアットホーム感はあったけどそれだけだ。5月の連休は試合と練習。しめくくりに今日はチームでバーベキュー。完全に草野球に毛が生えた程度である。


 ケントはなぜ俺を日本に呼び戻したのだろうか?アメリカだったら今頃は週末はフロリダ各地をリーグ戦で転戦していたはずなのに。


 俺はいったい何をしている?亜美は日本代表入りに王手をかけている。こんなぬるいことでいいのだろうか?


「健ちゃん楽しんでいるかい?」

 エースの新井さんが寄って来た。手にはビール。俺は思わず奥さんが来てるかどうか確認してしまう。あ、おったわ。

「あ、はい。」

 彼は地元の公立高校のエースだったけど彼以外にいい選手がいなくて予選の3回戦止まりだったそうだ。なにせ人口が多いだけの埼玉県。へたすると6回勝たないと甲子園にたどりつかないのだ。


「俺もさ、あと10年若かったらなぁ。青学行ったのに。俺ん時はまだ開校してなかったんだよね。甲子園で投げれたらどんな気持ちなんだろうなぁ。」

「そうですね。羨ましいですよね。新井さんは進学先を後悔したことはないんですか?」

「あるよ。何度もある。でもさ、そこからどうやって壁を超えていけるかって気持ちを切り替えたね。まあ上には上がいるからね。良い学校行ったら俺は投手ピッチャー出来なかったかもしれないしな。」

 

そうかもしれない。俺はいつのまにかすっかり忘れていたのだ。球児として「底辺」にいたあの「前世」のことを。


 



 





 


 


 


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