ガキとハッタリと背番号1

 決勝は神奈川県2位の慶雲高校。六大学の慶雲大学の系列校だ。オシャレなおぼっちゃまという印象しかないが実際は強豪校で、全国から優秀な選手が集まってくる。まあ6大学の中でもブランド力はハンパないので当然といえば当然だ。


 「そりゃ大学まで行ければその時点で『人生勝ち組』ですしね。人気出ますって。」

こら安武トラ、ほんとのことを言ってはいけません。


 だから当然プレーも「おぼっちゃま」なんかじゃない。でもどことなく品はあるけど。それは日本の野球の歴史において六大学野球の功績があまりにも大きいところにあるのだろう。それが伝統の誇りと力。


 「伝統って年寄り地味てません?だいたい健さん自身が伝統やら慣習やらを片っ端から木端微塵にしている破壊者のくせによく言いますよ。」

「俺をゴジラみたいに言うな。」

心あたりはあるけどな。


 先発は凪沢。相手チームは応援団もきている。伝統の応援はやはり見応えがある。これも伝統の誇りと力。ただ、これを感じるのはやっぱり俺の人生が2周目である時間のせいだろう。だからチームメイトはあっけらかんとしている。


 「地方大会こんなとこまで応援に来てくれるなんて、やっぱり金持ちボンボンの学校は違うよなぁ。」

 確かに愛校心は強いだろうな。自分の人生を成功へと導いてくれるもんなぁ。と、ひがんでる場合じゃないな。さっさと倒して神戸だし。


 うちが秋の試合に強いのは一貫校というところもある。日本の学制では中学三年で一度高校受験のために競技引退を迎える。そのため半年のブランクが生じてしまう。


 しかし一貫校ならその受験期間がないため貴重な半年を十分に育成に使えるのだ。だから夏休み中に一回セレクションを行い、「転校生」の形で来年度の新入生を迎えるという奥の手も使うことができる。だから一年生でも秋の時点での完成度が高いのだ。


 そして日本の学校のように先輩後輩の悪しき習慣がないのも大きい。練習前後の準備や後片付けやらは1年から3年まで、年齢もレギュラーも関係なく取り組むし、無意味なしごきなどは厳禁されている。これは設立者のケントがアメリカ人であることが大きいだろう。


 さらに言えば甲子園という大舞台慣れした選手が残っていることも大きい。まだ人生経験が浅い若者にとってこの経験値の差は大きいのだ。しかも今日の先発の凪沢は敗北の悔しさを経験しているし、胆沢も予選メンバーから本戦へ向かう前に外される2名の1名になる無念も経験している。この精神的な成長の差は学生スポーツというごく短いスパンでの取り組み方に大きな影響を及ぼすのだ。


 この試合ではクリーンアップだけでなく下位打線も機能して12対0と圧勝。俺は表彰式を終えると学校の制服ではなく日本代表に支給されるスーツに着替えた。


 「優勝おめでとう。これから神戸?」

由香さんに呼び止められる。

「はい。」

「予想以上に差がついた勝利ね。合宿に弾みがついた?」

「そうですね。冬を超えればみんな一回り大きくなってるんでこのままだとは思いませんが、俺も俺なりに成長するんで。なにしろ、代表ここからはまた、ただの補欠候補スタートですから。やってやりますよ。下克上。」


「そう言えば背番号は『1』を選んだだって?」

「空いている番号ならなんでも良いって言われたんで。」

「その意味を聞いてもいいかしら?」

「投手も内野手も使う番号ですからね。それだけです。」


 俺はタクシーで小山駅まで送ってもらいそこから新幹線で東京へ、そこからさらに神戸へ向かう。交通費が出るのでそこは遠慮なく使う。


 俺は由香さんに嘘をついていた、実は干野監督と面談した時に空き番号だった1か3を希望したとき驚かれたのだ。

「沢村君。君はこの番号がなぜ空いているか知らないのかい?」


「知ってますよ。この2つの番号は日本球界の至宝レジェンドの番号ですからね。ただ、この番号を誰も背負いたがらないという時点で、日本代表は危ないですよ。そして僕にはこの番号を背負う覚悟があります。この番号に相応しい結果を出すために世界を敵に回す覚悟が。だからどっちか僕にください。ガキが大人と戦うにはそれくらいの唐獅子牡丹ハッタリが必要なんですよ。『俺』は客寄せマスコットになるつもりはありません。レギュラーを獲りに行きます。」


 監督の気の良さそうなオッさんを装っているの奥に炎の揺らぎを感じた。あえて「昭和」らしい表現で煽って見たことを理解してくれたのだろう。

「おい。不発で終わったら赤っ恥だぞ。その覚悟はあるのか?」


「ええ、大丈夫です。僕はまだガキですからね。失うもんは一つもないですので。」

監督は俺の答えに愉快そうに笑った。

「そうだな。食えないガキだな。」






 


 

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