台頭するライバルと俺の初失点。

 準々決勝は胆沢の先発であっさりとコールド勝ちを決め、4強に入る。つまり、春の甲子園の出場権を獲得したのだ。これでチームとしての最初の目標をクリアしたことになる。個人的には「獲得」というより「確保」と言った方がしっくりする。


 先輩たちも交渉権を獲得した球団との交渉を終えて入団発表を待っているところだ。後は大学に進学を決めた先輩たちも多い。今は中等部の指導などしながらトレーニングを続けている。


 準決勝の相手は千葉県2位の千葉法科大附属。先発は安武の予定。実はこの相手チームにも話題の選手がいるのだ。


 早尾慶司郎はやおけいじろう。千葉県大会からこの試合までで10本塁打打ったという強打者。二塁手としても好プレーを連発してここまでチームを引っ張ってきた。俺と同じ世代だが軟式出身だったので中等部シニア時代は接点がなかった。


 スポーツ紙の地方欄の隅の方に「強打者対決」と小さく載っていた。

「健さんより打ってますね?」

バスの中、通路挟んで隣の席の小囃子がニヤリとした。

「そうだな。ただ言うてお前と同じ二塁手やからな。」

俺の反撃に、そーなんスよねぇと頭をかく。


「まぁ予選の成績なんて意味が無いとは言わないが絶対じゃないだろ。それに俺はこう言う時のために素晴らしい『逃げ口上』を持ってるからね。」

「なんすか?」

「『だって俺のバット木製なんで』」

なぜか俺の後ろの席の凪沢が笑いを噴き出した。小囃子ミッツはなるほど、と感心してんのに。


 試合は案外あっけなく俺たちが有利に試合を進めて行った。


 と言うのも相手チームは「シーズン制」の部活動なのだ。つまり、一年中野球だけをやっているわけではないのだ。これはアメリカでは普通の制度で、冬はアメフト春は野球といった様に季節ごとにプレーする競技が変わっていくという方式だ。


 投手の左のエース沢城さわじょうは高校テニスではトップ10に入り、卒業後はプロ転向と言われている。右のエース田原坂たばるざかは陸上の槍投げでインターハイ王者だ。


 中堅手の阿久津あくつは100m走の千葉チャンピオン。捕手の岩倉は相撲部の軽量級チャンピオン、と言った感じでゴリゴリのアスリートが野球をやっているのだ。


 その中での野球エリートが早尾ということに過ぎない。

「じゃあ素質だけで春の甲子園の出場権を取ったと言うことですか?」

帯刀イッシーも驚きの色を隠せない。


「悔しいがそうなるな。この試合は俺たちが勝利を取るだろう。彼らの野球は粗削り過ぎるからな。ただ、春の甲子園まで半年近くある。その間に野球の技術面を洗練ブラッシュアップに専念されたらどうなることやら。」


 ようはパソコンとゲーム専用機のような関係だ。俺たちは野球専門にやってきた強みがある。それはグラフィック特化したゲーム機の様なものだ。ただ、パソコンだって色々手を入れさえすればゲーム機だって凌駕する性能を手にすることができる。


 試合は8対3。早尾に2本塁打を浴びたものの、安武は丁寧な投球で大怪我を防いでいた。実は俺も志願して早尾と対戦して本塁打を打たれた。実は公式戦で失点したのは初めてだった。まあ、右の4SBだけで挑んだせいもあるが155km/hの外角低めいっぱいのストレートをスタンドに運ばれてちょっとガックリした。高校生に、しかもあのコースを打たれたのは地味にショック。


 「健、気にすんな。春に対決する時の『撒き餌』だと思えばいい。」

捕手の祐天寺テンジが後続を抑えた俺の肩をたたく。コイツも山鹿さんみたいなことを言うようになったな。彼も俺に失点させるつもりだったみたいだ。


 野球は記憶のスポーツとも言われるがそれと同等に記録のスポーツでもある。(個人的にはここが日本人の感性を刺激すると思うが。)俺が甲子園で投げれば連続無失点記録とか言われるようになり、俺のプレッシャーにもなるかもしれない。そう配慮して勝敗に関係のないところで俺に失点させたというわけだ。


 これで決勝戦進出。勝てば神宮大会だ。俺が出られるかは未定だが、チームには出場権を置き土産にしていきたい。


 記者さんに早尾に打たれた球種を聞かれた時、

「やっぱり金属バットは飛びますねぇ、金属バットは。」

と負け惜しみをすることだけは忘れなかった。


 





 

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