イキってみたが、実はみんなにホッコリされていたという。
「青淵学館の沢村健です。よろしくお願いします。」
ジャンパーを脱いで挨拶すると日本代表、まさに日本代表に相応しいプロ選手の面々がギョッとした様な顔で俺のユニフォームを見た。
「力があるから呼んだんだぞ。子供だと舐めてかかって足元をすくわれないように。」
ただ、プロの中にも俺のことを知っている選手がいたことに驚いた。
「いや、野球やってれば普通に知ってるだろ。スカウト連中が健ちゃん健ちゃん騒いでるからな。」
もっとおかしかったのは俺のことを知っているのが自分だけだとみんながみんな思っていたことだ。
ただ、さすがに研究熱心でオランダやキューバの選手についてよくきいてくる。俺も知っている限りは説明するが言葉で説明できる部分には限りというものもある。
「子どもって言ったって、身長190cmの子どもがいるかって話よな。ここで健ちゃんよりデカいのダルくらいしかおらんやろ?」
「ダル」ことダーヴィッシュ投手は196cm。俺が最近ケント・ジュニア以外では数少ない身長的に「見上げる」人間だ。
最初の2日、俺はしっかりと声を出して「高校生らしさ」をアピールした。馬鹿げている様に思えるかもしれないが、指導者はバリバリの昭和人である。高校生らしさこそが「昭和の人間」の心を掴むのには重要なのだ。
まあ、最初は「イキリまくる」つもりでいたんだけど案外皆親切で「健ちゃん」呼ばわりの上、マスコット扱い。
「まあこれ頑張ったところで年俸上がらんからなぁ。ぼちぼちいくわ。」
なんとなくそんな感じ。普段交流がある訳じゃないけどお互いにリーグ戦で顔を良く合わせるのでアットホームな雰囲気だ。
俺は投手、打者の両方に参加していたがコーチの
「健ちゃん。このチーム、どう思う?」
俺は迷ったが正直に言った。
「仲は良いですけど。どんだけ本気出していいのか迷ってる気がします。要は『調子』で判断されるのか『実績』で判断されるのか測りかねてる感じがします。」
マズイことを言ったかな。田縁さんは俺の不躾な発言に怒ることもなくただ頷いた。
「なるほどそう来たか。明日の紅白戦、健ちゃんを俺の白組で7番先発で使うから。」
「四番でも構いませんよ。」
俺の「イキった」答えに苦笑いする。
「それだよ。結果を出せばそうせざるを得なくなる。いや、アイツらにはそういうハングリーさは欠けているかもな。ま、健ちゃんが是非俺たち大人を良い方向へ追い込んでくれよ。」
そう言って次の選手のところへ向かった。きっと話半分なのだろう。
翌日の紅白戦。俺は通告通り白組の7番指名打者。ここでチャンスを活かさぬ手はない。俺は魔法をしっかりとかけた。さすがに日本のトッププロ投手の球は魔法無しでは全く打てる気がしなかった。2回、一死一塁。
相手は例のダルさん。このスライダーなんなのよって感じ。全く打てる気がせん。ただ、俺を舐めてかかってくれていたことが幸いし決め球がストレート。魔法でバットとボールが「
俺はこの試合で2本塁打を含む3安打を放ち、存在感をアピール。次も先発で使わざるを得ない状況に首脳陣を追い込んだ。
翌日は6番指名打者。今日の2本目の本塁打は抑えで出てきたギガンテスの植原さんだった。なぜか「雑草魂」を自称する日本一球団のエリート投手。今年はシーズン中から調子は今一つらしい。それでも難しい球をなんとか捉えてライトスタンドに。調子がよければとてもじゃないけど魔法無しでは打てねぇ。
「健ちゃんはエリートだから打たせてやんねぇよ」
そう言えば中里さんの負傷退場のせいで
まあ「万年補欠」を名乗っている俺と魂は一緒なのだろうな。ただし調子がイマイチっぽい。監督自体が選手の調子の良し悪しよりもネームバリューで選手を招集するタイプなのだろう。短期決戦とリーグ戦の違いを理解していないのだとしたらかなり危ないチーム作りだ。悪い意味で「日本人らしい」このチームに危機を感じてしまった。
第二次合宿は宮崎に舞台を移す。俺は神戸での紅白戦5試合で本塁打を10本以上重ねた結果、3番指名打者で落ち着いていた。
合宿中、母校の神宮大会制覇の一報が入ってきた。期待してはいなかったが投手力の勝利は俺たちの世代らしい勝ち方で誇らしく思えた。
合宿の締めくくりは福岡ドームで行われたオーストリア代表を相手に行われた壮行試合にも先発出場。3番指名打者で先発が発表された時はスタジアムからどよめきが。
そりゃ現役高校生が代打どころかプロに混じってクリーンアップだからな。ブーイングでないだけマシというもの。いや、このお客さんたちを結果で黙らせて見ろ、と言わんばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます