ご褒美は休暇の名がついた労働。

 「オリンピック野球日本代表で見事に金メダルをゲットした、沢村健さんです!」


 第一体育館、いったい何人来てんだよっ?夏休み中だぞ。寮生はわかるが普通科の生徒たちがほとんど来てんじゃないの?なんという物好き。


 そして、やっぱり来る「メダル噛んで」のリクエスト。先程の打ち合わせで噛まないからね、と念を押したのに振ってくる。そこは放送部員の意地なのだろうか。


「噛まないです。」

 まあ、甲子園のメダルは噛んでたからアレだけど。それは主将の指示だからやったの。


 その後は甲子園の祝勝報告会とフォーマットはそう変わらないので難しくはなかった。


 野球部員は中等部も含めてほぼ全員出席らしい。いないのは胆沢くらいか。


 式の後、野球部だけで集いが。一応、契約金から寄付してるからね。税金対策も兼ねているけど。


 俺まあ俺らの方は残念だったけど、最後の国体でリベンジするから。気にすんなよ、健。」

凪沢が慰めてくれる。

「残念て言うてベスト4じゃん。胸を張れよ。俺たち『谷間世代』だったけど良く頑張ったよな。」

「ああ、偉大な先輩とデキる後輩に挟まれてな。」


「何言ってんスか!大先輩たちの足りてないとこフォローしてカバーして輝かしてたのは先輩たちですよ。」

いつもは寡黙な帯刀が声を出してみんな驚く。俺は思わず彼の頭を撫でてしまった。


「そう言うところが『デキる』っていうんだよお前らは。ありがとうな。俺たちの世代の単なるひがみだから。俺たちも『繋ぐ』という意味を十分理解してやってるんだわ。」


 今回引退する3年生でプロ志望届けを出すのは凪沢と胆沢だけだという。

 遊撃手の古城は早生田大学、捕手の祐天寺は慶王大学からそれぞれセレクションに誘われて行ってきたらしく、推薦入学は内定らしい。俺に言わせればお目が高いと言うしかない。すでに守備はプロレベルなのだ。あと、大学で打撃方面でもう一皮剥ければ4年後のドラフトで上位に来れるはず。


 「健さん、帰って来て下さいね。」

後輩たちに泣かれる。あのな、シーズン終わったら「普通に」帰ってくるわ。まだこの学校に在籍してるんだよ。


そこにケントが入ってくる。

「健、良いニュースがある。アメリカ行きは3日延期だ。新しいチームには9月から合流だ。」


 それは恐らく9月の「最終招集セプテンバー・コールアップ」で大幅に人員が入れ変わるからだろう。


 9月1日。メジャー球団の出場選手枠ロースターが25人から40人に一気に拡大する。これは優勝争いのチームはプレーオフで戦うための選手を確保するため、そして残念ながら脱落したチームは来季の新戦力を試すためである。


 だからマイナーリーグを含めて一気に人員が入れ変わるのだ。


「じゃ、休暇?」

俺がワクワクして尋ねるとケントは首を横に振った。

「いや、健には母校のために働いてもらいますよ。」

なんですと?この代理人もしかして鬼?


 それから3日、俺は学校や東京で主にテレビの情報番組やらインタビュー番組などに引きずり回される。シーズンオフでもないのにこれはヤバいだろ。


 ただ、朗報もある。由香さんの企画である俺と亜美との対談が決まったことだ。しかも関東ローカルながらテレビも入る。まあ俺がアメリカに発つ直前なんですけど。


 テレビが入るには理由があった。もちろん、俺が金メダリストであることもあるが、日本代表女子チームの裏に大物芸能人がいたからだ。


 葉木本錦一はぎもときんいち。特に昭和末期では一時、全てのキー局で平日夜のゴールデンタイムで冠番組を持っていた伝説級のコメディアンである。


 俺が前世の中学生の頃は、その番組の視聴率を全部足すと100パーセントを超えていたことから「視聴率100%男」などの異名を持っていた。平成時代とは全く異なる徹底的に作り込まれた「笑い」の時代の本当の意味での「芸人」である。


 その人のプッシュもあったそうだ。


 もちろん、現在亜美は松山で行われているワールドカップの真っ最中なのである。


「あ、でも私も優勝しないとかっこうつかないね。」

対談が決まった夜、亜美から通信が入った。

「いや、今の日本チームの状態ならいけるんじゃね。」


亜美さん、絶賛無双中だったのだ。

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