「偉大な谷間(グランド・キャニオン)」世代へ?

 新学期。俺たちは3年生になる。クラス替えも終わり、いつもの勉強最下位メンバーである体育会系の連中と一緒になる。クラスといっても教科ごとにクラスが変わる。俺は英語はSクラス。国語はA、社会はBクラス、理科と数学はEクラスという文系人間なのだ。魔法で英語は完璧。まあ前世の積み重ねで国社はまあまあできる。理数はもうチンプンカンプンだ。


 でも理科をきちんとやらないと異世界に転生した時に不便だからやっておいて損はない。


 昼休みは校内放送で俺たち野球部の全国制覇の模様がダイジェストで流されている。コメンテーターは高等部に上がった伊波先輩タツさんである。


「いやぁ『谷間の世代』とか言われてますけどね。なんら恥ずべきことはないんですよ。」

伊波先輩タツさん、その話はお昼にしちゃダメなやつだ。俺がつぶやくと後輩たちが「そうなんすか?」と不思議そうに言われる。ま、聞いてみな。


「いいですか?力士のおっぱいを見てもなにも感じませんがブラをした巨乳にはドキッとします。なぜか?それは『谷間』があるからです。谷間があってこその巨乳なんですよ。グランドキャニオンはどうです?あれだけ広ければ谷だって十分偉大です。だからこそ『谷間の世代グランドキャニオン』と呼ばれるよう頑張って欲しいわけです。」


「あ⋯⋯はい。理事長はいかがですか?」

 答えに困った女子の放送部員は同じくゲスト出演の理事長ケントに振る。ケントは笑いをかみ殺しながら言った。

「伊波君、さっきのおっぱいのくだり必要いる?」


伊波先輩タツさんは真面目な顔で答える。

「必要かどうかは重要ではありません。俺が好きかどうかです。俺が言いたかったのはむしろ⋯⋯。」

「あ、そう。じゃあ次の動画行ってみようか。」


「理事長がスルーしましたけど。」

「まあ昭和生まれあのくらいの世代は『大らか』だからな。」

「それ『大らか』って言わないんじゃ⋯⋯。」

「あそこで遮らないとさらに乳房と乳首の話になるからそこは理事長ケントがグッジョブなわけだ。」


 ちなみに伊波さんの野球解説は時折ぶっこまれる下ネタセクハラさえ我慢スルーできれば的確で面白いので賛否両論を抱えたまま彼の卒業まで続くことになる。

まあ「目指せ!偉大なる谷間世代グランドキャニオン」は俺たち新3年生の合言葉になったけどね。


 4月の支部カップ戦を経て5月中旬からの選手権予選のメンバーが発表される。

引き続き先発は二人。1番エースナンバーを再び凪沢ナギが背負うことになり、2番手の胆沢はレフト兼任の7番になった。2年になった安武トラも中継ぎ投手を兼ねる9番ライトに。俺も引き続き5番サード抑え投手リリーフに。俺のシニア最後の夏が始まる。


 ゴールデンウイークも終盤の1日、俺は亜美とデートだった。

「その……大丈夫だったか?」

「うん。大丈夫だった。」

胆沢からみんなに噂が広まって肩身の狭い思いでもさせていたらと心配していたら案外あっけなかった。

「実はね……。」

 亜美が口を開く。一昨年のこと、リトルの最後の選手権に敗退した後、ささやかながらリトルの卒団式と親睦会のバーベキューが行われた。その日、亜美は胆沢から告白を受けたというのだ。


胆沢イサが?」

俺は驚いた。そういう素振りはまったくなかったし、胆沢が推しているアイドルは小さくてかわいい系が多かったから。

「わたしも仰天したよ。『あんたわたしなんかのどこが良いの?』と聞いちゃったよ。」

 で、なんて?亜美は難しそうな表情を浮かべる。

「後ろにいると安心できるところ、だってさ。それって恋愛とは違くない?それは女の子としてじゃなくて遊撃手ショートとしてじゃん。」


 確かに社交的で人当たりも良く口が上手い胆沢にしてはヘタクソな褒め言葉だ。それともそれくらい告白するだけで精一杯で余裕がなかったのか、あるいはそこまで好きでもなかったのか。


 「俺だって亜美が横にいた時は本当に守備に集中できた。それこそ安心どころかワクワクしてたよ。」

亜美も俺の言葉にうなずく。

「そうなんだよね。わたしも健が横にいるだけでワクワクしてた。だから胆沢リュージ安心それって好きとは違う感情だよ、だからやめておこう、って断ったんだ。それにあいつ、『お前は沢村さわが好きなのか?』って聞いてきたんだ。だからまだわからない。でも一緒にいていちばん安心するという意味では間違いないそうかもね、って言ったんだ。」


 そうか。亜美はそのことを今の今まで誰にも明かしたことがないのだろう。だからこそ胆沢も言いふらしたりはしない、という確信がある。そして、大阪で一緒に会っているのを胆沢にだけは知られたくなかったのか。


 俺は心配になってきた。胆沢の中に潜む「魔王の欠片」の動向にだ。




 

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