グラウンドでいちばん高い場所へ。

安倍さんに持ち球を聞かれた俺は答える。

「ジャイロ回転スピンの2シーム、4シーム、スライダー、チェンジアップ、SFF。バックスピンでは4シームとカーブです。左右ともですね。」


「マジか?ジャイロ隠してた?」

「バックスピンとは終速が違うんで、言っておかないと危ないかな、と。」

「ちょっと、ちょっと。投げてみ。」

安倍さんは捕手の血が騒ぐのか少し昂奮ぎみ。

ジャイロとバックスピンを交互に投げると立ち上がって

「マジかぁ。こんなん投げわけられるやつおる?」

と天を仰ぐ。


その時だった。

河上ケンシン、出番だ。」

受話器から耳を外した太野さんに隣で投げていた河上さんが呼ばれる。


そしてブルペンに河上さんの代わりに植原さんが入って来た。

「やべぇ、石瀬イワさん打たれたわ。今同点。」

悪い予感が当たった。


 そして第5打席に入るために俺は一旦ブルペンを出る。第5打席はまたも四球。生還すればサヨナラのランナーだったがアメリカのニールセン氏に後続が打てず延長戦へ。


 ブルペンに戻ってくると、植原さんはいきなり自分のウオームアップの手を止める。

「健ちゃん、ジャイロいけんのホンマなん?見して。」

そしてバットを持って打席に立つ。


「打たないでくださいよ。」

「打つかボケ。雰囲気じゃい。」


  バックスピンとジャイロスピンを一球ずつ投げるとさすが、一目で違いがわかった模様。

「うわー、エグぅ。ね、それどんな握りなん?教えてよ。」

今そんなことしてる場合じゃないでしょ。それに握りで投げるんじゃないし。ただ、さすが一流の投手は勉強熱心さも一流ということはわかる。平気で俺みたいな子どもにさえ聞いてくるし。


 河上さんは9回途中から10回まで無失点。そして、11回からタイブレークだ。個人的にはリトルシニア以来のタイブレークだ。タイブレークとは国際試合では試合決着をつける方法で、無死二塁一塁の状態からイニングを始めるのだ。こうすれば得点の確率は上がり、試合の決着を早めることができる。


 太野さんが俺を呼んだ。

「健ちゃん、出番や。あとついでに安倍シンノスケ、受けてやれ。」

「ついでとか酷いっすね。だいたいここで負けたら俺のせいじゃないですか。」

「当たり前だろ。プロじゃ新人こどもの健ちゃんのせいにするつもりか?日本の希望をお前に託すんだから頼んだぞ。」


 ついにオリンピックのマウンドへ。「いちばん高いところから見下ろす景色グラウンドは気持ちがいい。」中里さんの口癖が脳裏をぎった


 しかし、初登板でこの場面とかどないせーっちゅーねん。安倍さんが俺の肩を叩きながら言った。

「なぁ、俺が(配球を)組み立てて良い?」

「どうぞどうぞ。」

安倍さん、めっちゃ良い笑顔。


 タイブレークは申告した任意の打順からはじめられる。アメリカ代表はセオリー通り1番2番を塁に置いての右打者の3番から。


 まず4SBのボールを外に外して打者にボールのスピードを印象づける。155km/h。次に外側いっぱいの4SG。初速は遅くなるが終速が落ちない分手元で伸びるように見えるはず。空振り。今度は膝元に4SBでストライク。同じストレートで同じ腕の振りなのに伸びたり伸びなかったり。相手が戸惑っているのがわかる。最後はジャイロのSSF。バックスピンよりストンと落ちる。空振り三振!


 このギリギリ感がゾクゾクする。安倍さんが立ち上がって俺にスイッチを指示。4番が左打者なのでグラブを右手にはめ変えて左にスイッチをアピール。

観客からどよめきと歓声が。


 今度はドア系の攻め。インからストライクゾーンに曲げる2シーム(フロントドア)でストライク。外角やや外し気味の4SBをカットさせてカウントを稼いで2Sと追い込む。一球インコースに4SBをみせてから、外角低めいっぱいに4SG。


 打者は完全に引っ掛けて二塁ゴロ。4-6-3の併殺ダブルプレー。さすが現役最高捕手の一人、ちょっと見ただけでここまで俺を使いこなせるとは。


 俺が感心していると

「バーカ。住居サンタからお前の使い方をとっくにリサーチ済みだよ。」

安倍さんにミットでけつをポンポンとはたかれる。そっか、同じチームだったっけ。住居さんは青学時代は第二捕手でもあったので、俺の投球練習にいちばん付き合ってくれたのは彼なのだ。


 いずれにせよ無失点でクリア。さあ、次はこちらのターンよ。


 日本も同じ3番俺から。さすがにここで俺を歩かせれば即満塁。たとえ併殺崩れでもサヨナラ負け。勝負せざるを得ない。そして俺も魔法大サービスでてんこ盛り。


さぁ、かかって来いや!


 

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