まだ広い世界、まだ遠い頂点。

 先発オーダーが発表され、両国の国家が演奏された。日本の国歌はわりと気持ちが落ち着く感じがいい。


 俺の名が電光掲示板に現れた時、日本側の観客席がどよめいた。


 日本が先攻である。最初は三者凡退に終わり、あっという間に俺の出番だ。


 まず、相手打者が近い。近くに見えるだけでちゃんと打席にたってるんだけど異様に近く見える。


 相手打者は初球からどんどん振ってくる。なんかバット振ると風が起こってね?と本気で感じる威圧感。俺はバックスピンとジャイロスピンの速度差を生かしながら打たせてとるピッチング……と思いきや2番にヒットを打たれる。完全に振り遅れさせたのにパワーだけで外野までもっていかれるとはな。


 次はこの大会本塁打2本打ってる3番マルチネス。

「安心して、健ちゃんの半分しか打ってないから。」

高屋さんの助言アドバイスを思い出す。外への2SGをひっかけて併殺に打ち取る。これで3人。あと残り3人だ。


 2回、こちらも3者凡退。少しは粘ってくれー。胃の痛い打者が続く。「黒ひ〇危機一髪」ゲームなんてもんじゃない。4番打者のサンチェスはこの大会で打率5割近い。渾身の速球をファールで場外にもっていかれる。こえー。でも恐れて縮こまってしまってはだめだ。ファール打ったって点なんかはいらねえ。


 俺、こいつら抑えられたらメジャーに行くわ。そう思った瞬間、はらをくくった。日本代表は終着点なんかじゃねえ。メジャーへの下克上の始まりだ!後で思い出したら顔から火が出そうなほど恥ずかしい独り言を言っていた。


 ジャイロ回転のSFFで三振に切って取る。あとは高屋さんの構えるところに要求されたボールをなげるだけ。5番6番を連続三振にとってやっとお役御免、重圧から解放される。


 ベンチに引き上げると皆がほめてくれた。

「お疲れ、最強打線を抑えた気分はどう?」

増田さんに訊かれた俺は

「緊張しすぎて吐きそうです。」

というしかなかった。ああ、秋の風がベンチに吹き込んで心地いいわ。


 3回の攻撃が終わって投手交代。

「投手沢村に代わって福森。指名打者古山に代わって沢村。」

福森さん下位打線から投げ始めなので落ち着いた立ち上がりだ。いや、高校生に抑えられたのに自分が抑えられないわけがない、という剥き出しの闘志だ。もちろん、それを引き出すための監督の采配だったわけだが。


 4回表、最初の打席は俺も三振に終わる。4回裏、あちらも一巡してエンジンがかかってきたのか、いきなり3連打で2失点。まじかー。6回ソロ本塁打を浴びて3失点目で大庭さんにスイッチ。


 7回の攻撃は2番寺口さんから。もはや能登間さん並みの美しいセーフティバントで出塁。さて、また魔法の時間がやってまいりました。体幹の筋肉に倍加をかけ腕に加速をかける二段構え。さあ来やがれ!


 2階から落ちてくるようなカーブをとらえる。ジャストミートとまではいかないがバットのスイートスポットぎりぎりでとらえたボールはライトスタンド上段につきささる。


 一応スタンドには「弓矢」のポーズ。

「健ちゃん、今のポーズは?」

と蝶野さんが訊くので

「キューバといえばウザイン・ボルトでしょ。」

俺の答えに蝶野さんは首を横に振る。

「健ちゃん、それジャマイカだから。」

え?そうなんですか。キューバじゃないのか。


 3対2。これであと1点。8回は來村さんにスイッチ。ただここで來村さんもつかまってしまい連打で1失点で4対2。残りは9回のみ。


 先頭打者の俺は当然のように歩かされる。瀬郷さんのバント、蝶野さんのヒットで俺が生還、4対3あと一点。一死走者二塁。今大会、当たっている野木さんも敬遠され勝ち越しの走者ランナーもでる。


 しかし、7番主将の鈴原さんのあたりは抜けそうだったが遊撃手のファインプレーに阻まれあえなく併殺ゲッツ―。ここで無念すぎる試合終了ゲームセット


 悔しい銀メダル(準優勝)に終わった。グランド内で歓喜を爆発させるキューバナインを茫然ぼうぜんと見ていると後ろから増田さんに肩をたたかれる。

「お疲れ、健ちゃんはよくやったよ。ありがとう、俺たちをここまで連れてきてくれてさ。」


 悔しさと充実感と解放感がごっちゃになって、悲しくて、そして、ありがとうの気持ちもいっぱいでなんかよくわからないけど涙が出ていた。


 そして表彰式。銀メダルを首にかけられる。さらに俺は最多本塁打賞ももらった。

そういや亜美も銀メダルだっけ。ただ本塁打数は負けてるし。


 翌日日本に帰国し、臨んだ解団式のカメラの数に驚く。結団式の倍のカメラが来ていたそうだ。


「それが俺たちが期待に応えたしるしだよ。まあ、健ちゃんの頑張りについ俺たちも本気を出しちゃっただけだけどさ。」


大窪さんの言葉が心に残った。俺の世界への初めての挑戦はこうして終わりを告げる。

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