無心と野心のトーナメント。

 翌日は午前中に台中球場スタジアムを借りて練習。打撃練習のほかに投手陣に混じって投球練習も。


練習終わりに、監督に呼ばれる。

 「健ちゃん、順位戦なんだがここからはスタメンで使っていくからね。」


 本当は予選から使いたかったみたいだけど、それではさすがにチームに不協和音が生じるのを恐れていたようだ。なにしろ会長からのごり押し人事でしかも高校生だったから。しかし、キューバ戦で俺の打席までつなげたいというチームの気持ちに触れ、俺が十分受け入れられたと確信できたそうだ。


 まあ古山さんの打撃が最後まで上向かなかったせいもある。フィリピン戦ですら無安打だったし。

 準決勝ともいえるオランダ戦、俺は3番指名打者。


 1回裏にいきなりチャンス。一死から番寺口さんのセーフティバントを投手が悪送球。一気に三塁まで陥れたのだ。さすがや。そして俺。……敬遠。


 敬遠されないようにさんざん高校生アピールしてきたけど効くのは南高麗や台湾くらい。年齢で上下関係が厳しい儒教の文化圏の国くらいなのだ。南高代表の選手は顔を真っ赤にして悔しがってくれたたからなぁ。ああいうリアクション欲しいけどしてくれないんだ。


 ただ俺もただでは起きないぞ。オランダのバッテリーの警戒をかいくぐっての盗塁成功。4番瀬郷さんのタイムリーで本塁突入敢行!2点をもぎとってやった。俺への四球は二塁打だと思いなっ!心の中でイキリ倒していると大窪さんに頬をつねられた。ドヤ顔がうざかったらしい。


 先発は3度目の増田さん。立ち上がりは悪くなかったが2回に3安打を浴びて2失点、同点に追いつかれる。


 しかし3回、安打で出た9番渡部さんを一塁に置き、二死ながら俺に打順が回ってくる。今日の相手投手はかなり制球が良い。ここはキューバ戦と同じ魔法でいくか。俺の後ろには前打席で適時打タイムリーを打った瀬郷さんいるし。


 くさいところをついてくるいやらしい投球術ピッチング。外角への縦スラをはじき返す。一塁線ファウルライン上をのびていく。切れるかな?と思いきやポール直撃の本塁打。再び2点差とする。


 このあとも玄人好みな試合展開。5回から鷹崎さん、8回に來村さん、そして9回には大庭さんと総力リレー。6回に1点を失ったものの、4対3と、まさに「逃げ切った」試合になった。


 試合後、記者に感想を求められた監督は

「もう十分に代表チームとしての責任は果たせたと思う。万全に備え、明日は無心で臨みたい。」というコメントだった。


「無心」か。そうとしか言えない相手だもんな。でも、超えていかないとプロの、そしてメジャーの世界までは行きつかない。少なくともそのきっかけは作りたい。

無心どころか野心バリバリの俺であった。


 決勝戦、正確には順位決定戦だ。夜6時半からのナイトゲーム。日本代表の活躍を聞き、日本からわざわざ応援に来てくれた人たちもいた。そして、自国の次に日本を応援してくれるという台湾の人たちも大勢つめかけてくれている。


 そして、信じられないような通告。


「決勝の先発投手だが、健ちゃんで行く。」

「はい?」

監督の言葉に一同、驚きを隠せない。

「最初の2回限定だ。そのあとはそのまま指名打者に入ってもらう。」

その後は本来の先発の森福さんにリレーするのだ。捕手もキューバ戦で好リードを見せた高屋さん。


 いわゆるストッパーならぬ「オープナー」と呼ばれる起用法だ。それはいいのだが、俺は高校生相手なら十二分に通用するが、相手はメジャーリーガーレベルだぞ。


「まあ社会人にも通用したんだし、いけるでしょう。」

監督は決定事項とばかり話題を次にうつした。


こうなったら腹をくくるしかない。午後に球場に入り、投手、捕手陣とアップにとりかかる。高屋さんが俺に話しかける。

 「よろしくね、健ちゃん。俺、大学に行く前さ、青淵のリハビリセンターに通ってたんだぜ。膝と腰やっちゃってさ。」

「そうなんですか。」

意外な接点?が。でも高屋さんの大学は関甲新リーグなのでケガするとほとんどの選手が埼玉のうちの学校の系列の病院に来るので不思議ではないか。でも大学に行く前?


「高校出て不二重工に入ったんだけどさ。突然原因不明の痛みがおこってね。」

結局社会人はやめて、治療とリハビリをしてから大学に入り直したという。


「俺はどん底を経験してるから、エリートなんかに負けたくないんだ。あれ、そういえば健ちゃんはバリバリのエリートだったな。なんでだろ、そんなオーラがないよね。」


 ええ、なにせ「どん底」から魔法を駆使して這い上がってきた男ですし、ここは一泡吹かせてやりたいな。



 

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