派手な天井弾とささやかな人生相談。
主審が二塁塁審に確認を取ると、塁審は右手をあげてくるくると回した。
本塁打だ。東京ドームの天井部にあったスピーカーにボールが当たり、そのまま落ちたのだ。いわゆる球場ルールの認定ホームラン。
これがサヨナラ本塁打となり、劇的な、やや後味の悪い幕引きを迎えたのだ。
ヒーローインタビューには2発5打点の小清水さんとともに俺が引っ張りだされた。
「平成2年の当時の近畿バイソンズにいたブリリアント選手以来のスピーカー弾だそうですが、いかがですか?」
「あ、それ俺の生まれた年ですね。なにかの運命を感じました。」
「まあ、お若いですね。……って、そっちの感想ですか!」
「えーっと、人生で一番の当たりでしたね。これでもう野球人生に悔いはないです。」
「いやいや、まだまだこれからでしょう。」
今日は男性アナがインタビュアーだったので思い切りボケ倒す。
俺はマイクをもらうと観客にあいさつする。
「本日も応援ありがとうございました。最後の力をふりしぼれたのは皆様のおかげです。さあ、みなさんもご唱和ください。『引っ越しのご用命は?』さん、はい!」
「東運!」
さすが社員、ノリがわかってますね。
「ご唱和ありがとうございました。またよろしくお願いします。」
マイクをインタビュアーに返すと小清水さんが俺にへッドロックを軽くかけた。
インタビュアーが小清水さんにマイクを向けると
「お前最強の
みなさんほんまにありがとうございました!」
俺はちょっとはしゃいでいた。昨日庇ってくれたお礼に今日は試合前に小清水さんと岡村さんに「幸運度アップ」の魔法を「お裾分け」しておいたのだ。少し出来過ぎな部分はあったけどね。ただ二人とも何もせずに結果を得たわけではない。努力が報われるのが幸運によるものならばそれは決して不正なことではないはずだ。
本当は全深谷市の連中にお礼が言いたかったが「天井弾」のせいで記者に取り囲まれてしまったのだ。
おかげで少し遅くなってしまった。俺が着替えてバスに向かう途中、暗がりで男女がイチャイチャしていた。おや、あの後ろ姿は大窪さんやない?お相手は案の定マスコットガールのお姉さん。
仕方ない、少し戻ってから大きな足音を立てながら近づいて行く。
「おお沢村君。遅かったね。」
何良い声出してンスか?マスコットガールのお姉さんも一緒にバスで帰った。
翌日、軽い練習の後、大窪さんに昼飯をご馳走になる。食後、ぼそっとつぶやくように言う。
「なあ健ちゃん。俺ってプロでもやっていけるかな?」
今回の大会で好成績を出しているのでプロから声がかかるかも、なのだそうだ。
「さあ。この調子ならいけるんじゃないですかね。でもそんな重い話は監督に相談してどうぞ。」
「いやいや。健ちゃんはもういろんなとこから目をつけられてるわけじゃない。俺、今年で28だし長くはやっていけないとは思うけどさ。夢なんだよね、プロ野球。」
それはそうだ。まだプロ野球選手が子どものなりたい職業で1位だった時代に少年時代を過ごしたはずだ。要はこの人はもう決断済みだろうなぁ。
「そういや大窪さんて
「いや、関係無いというか、あってもごめんだね。オオクボって名字だけで鹿児島じゃ肩身が狭いんだぞ。だからうちも先祖が漢字を『サンズイ』の『窪』に変えたくらいだ。それがどうかしたか?」
後で知ったのだが明治維新の立役者であった大久保利通は鹿児島県人にかなり嫌われているようだ。
「いや、大窪さんて良い家の出かなと思っただけで。」
聞けば家は代々大きなお茶農家らしい。じゃあ迷う必要ないじゃん。
「はい、プロ決定!引退したら帰れる場所があるじゃ無いですか。嫁さんと子どもも養っていけるくらいにね。パパは甲子園で優勝してプロ野球選手だったんだぞって自慢出来たら最高でしょうよ。人生勝ち組も甚だしい。」
「そ、そうかなぁ。」
「大窪さんが言ったんですよ。人生には必ず敗者復活戦があるってね。もしプロへの挑戦が失敗だったとしても、また別のチャンスがあるはずですよね。」
「せやったな。ありがと。前向きに考えるわ。」
嬉しそうな顔でコーヒーを飲む。きっと相手はあのマスコットガールなんだろうなぁ。俺もあと2年経って亜美に付きあってくださいと堂々と言えるだろうか?
俺はプロ野球選手を目指す。できればメジャーでも通用できる選手になりたい。それにむかって一歩一歩進んで行けば亜美の前に堂々と立てるはずだ。
準決勝は前日、ライバル恩田技研を破った東北第二代表のTKDだ。前世の時はカセットテープやビデオテープの会社だったんだけど今は何を作っているんだろう?
すごいのはほぼ満員の応援席。地元の秋田の小さな町から市民が続々と集結しているそうだ。これぞまさに「都市対抗」である。
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