県予選が始まった。

⋯⋯とカッコよく決めては見たものの。地方予選の最初からテンションが上がるはずもなく。


 特に春の関東大会は秋とは違って東京込みで行うので、その上での優勝なのだから。もう怖いのは「油断」だけという評判だ。


 「ここで負けたらカッコ悪いだろうなぁ。」

 車窓を流れる風景を見ながら伊波さんのくせに物憂げアンニュイな表情で呟く。

重圧プレッシャーですか?」

「ああ、好物だけどな。」

「言いますねぇ。」

「だってそうだろ?こんなに厳しい一発勝負は野球人生でもそうはないからな。何にでも食らい付いて自分テメエの糧にしない手はねえよ。」


 そう言うとそのまま黙ってまた視線を窓の外へ送った。きっと去年の夏の甲子園での敗退のことを言っていたのだろう。ああ、先輩方コイツらの辞書に「油断」の二文字は存在しないな。


 二回戦の相手は県南部の公立の普通科高校。会場も埼玉県営大宮球場。ちなみに青学は予選の全試合この球場でプレーする予定だ。というのはここは予選の開会式が開かれるメイン球場、でこの球場の試合は全てローカルUHF局の中継が入る。


 ようは甲子園優勝校の試合が見たいという視聴者の要望が多く、スポンサーも集めやすいという大人の事情によるものだ。


ウイークデーにも関わらず多くの観客が詰めかけている。もちろん格下ではあるがベンチには初戦ならではでの緊張感がみなぎる。相手チームの事前練習の時、伊波さんが立ち上がって前に出る。


「ちょっといいか。」

みんなが注目する。

「『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』という。世間では俺たちが獅子ライオンで相手が兎ということになっているが、それは嘘だ。俺たちも向こうも同じ高校生だ。だから全力で行け。先発は控え中心で行くが、手を抜いたやつからベンチに下げていく。いいな。」


はい、と返事。そして山鹿さんも手を挙げた。

「俺からもいいか。伊波タツの言葉を補足しておくが、『全力』と『無謀』は別物だ。怪我のないようにやってくれ。」


そして最後に監督。滑舌が悪いので翻訳バージョンで。

「普段の練習通りにやってくれ。周りと相手の動きを良く見て、一つ一つの動作を丁寧に、基本に忠実にやって欲しい。」


 ということでいきなりベンチスタート。

 先発は中里さん。捕手は二年の祐天寺が務める。先発メンバーを見て相手の顔が本気モードになっていく。甲子園の有名選手とプレーするには実力で引きずり出さなければならないからだ。


 5回終わった時点で8対0でリード。中里さんが残りの回のマウンドを一年の安武トラに譲る。7回までさらに3点を加えて11対0で勝利。俺出番無し。


 3回戦はかつて強豪だった公立高校。俺の前世では凄い強かったんだけどな。時代の流れは仕方ない。この試合も先発の凪沢以外は5回までは控えに任せ、6回から総入れ替えという手順。結果は17対0の7回コールド勝ち。


 「控え」と言ったってこれはチャンスなのだ。アピールして絶対にレギュラーに食い込んでやる、という気概と闘争心を表に出している。もっとも、練習試合をこなし続けたからこそ、本番でもすぐに使えるのだ。


 「これじゃ俺たちの方が控えみたいですね。」

俺がみんなの凄さに舌を巻いていると能登間さんがいった。

「なぁに、取って置きリザーブとでも言っておけばいいじゃん。」


とは言え、社会人野球時代に指名打者をやっていた身としてはそれほど手持ち無沙汰でもないのだ。


 中里さんが再び先発した4回戦も7回コールドの15対0で勝ち、5回戦を迎える。ここでようやくDシードのチームと対戦。南武高校という私立校でとりわけサッカーの強豪としての方が有名だ。青学は試合を一人で組み立てられる力量があるいわゆる「エース級」の投手が3人も揃っているので落ち着いて見ていられる。


 ここからようやくベストオーダーで臨むことになる。さすがにシード校クラスになると投手の質がガラリと変わってくる。ただ、打者に関しても他所の学校なら主軸と呼ばれるであろう打者がズラリと並んでいるため、こちらも安心だろう。


 ソツのない試合運びで7回を8対0のコールド勝ちで終えた。先発した凪沢も甲子園を意識した投球に変えて来ている。


 準々決勝はCシードを倒して上がって来たこれまた古豪の聖耀せいよう学園高校。ミッション系の私立校だ。


「県大会は本調子じゃなかったみたいだが調子を上げて来たようだ。」

監督の言葉を翻訳するとそう言う感じらしい。もう少し口を開けた方がいいのに。

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