夏の甲子園で伝説の瞬間に立ち会ってしまった。

梅雨空を晴らして来るは⋯⋯

 ちょうど帰国した日、関東と東海地方の梅雨入りが宣言された。しばらくは室内練習場にお世話になる季節だ。なんか抜けるような青空からどんよりとした梅雨空の下にくると心が沈む。まあフロリダも雨季に入るからさほど問題はないんだけど、あちらはシトシトというより激しいスコールが2時間くらいドバーッと降ることの方が多い。


 「よ、4年生に進級したんだってな。ついに俺たちを超えたな。」

伊波さんが俺を揶揄う。

「いや、アメリカだったら先輩方がすでに卒業してたはずですからね。超えてませんよ。」


 高等部に進級して来た安武トラたちがいきなり県大会から関東大会まで活躍したのだそうだ。

「そこにお前まで帰ってきたら戦力過剰オーバースペックだって白縫モルに愚痴られたわ。」


 山鹿さんが笑う。でも山鹿さん世代の集大成とも言うべき夏の甲子園、なんとしてでも真紅の優勝旗を取り戻さなければならない。そして神宮、甲子園春夏連覇という偉業を達成し、ついでに秋の国体を制すればグランドスラムになるという野望さえある。


監督が例の滑舌の悪さで言った。

「来週、組み合わせ抽選会だから。と言ってもウチは県大で優勝したAシードだから強いところと当たるのは最後の方だな。健、雨で中止にならなきゃ今週末の練習試合に出てくれ。一応、群馬の方から2校来る予定だから。」


 青学はアメリカと同じシステムなので試合に全く出られない部員はいない。4チームほどに振り分けられて毎週一試合は必ず出場機会が与えられる。CチームやDチームは近隣の公立校に出向くか、近隣のスポーツ公園の球場を借りることもあり、決して恵まれた環境とはいえないがボケーっと突っ立ってボール拾いをしているよりはいいのだ。


 今年は割と空梅雨ぎみなのか週末の土曜日は晴天だった。けっこう集まった観客ギャラリーの前で俺は二試合に出て7安打4本塁打と十分にアピール。


 何度か説明したけど青学はスポーツ医療の大学と附属の病院が併設されているため、週末は怪我の通院やリハビリの学生やスポーツ選手も多く、待ち時間やリハビリがてら観に来る人も多い。後はスポーツ紙や地元新聞社の記者さんも多いのだ。後はスカウト。


 公式戦では無いので相手と交流もする。けっこう先輩たちと一緒の写真が欲しいみたいだ。俺のバットを見たいという子もいた。

「なんだ、普通のバットかぁ」とか「本当に木なんだぁ」と残念そう。いやいや違法バット使うくらいなら金属バット使うよ。


 多分、同じ県ではないので気安いんだろうな。もう2週ほど組まれた練習試合は全て県外からの遠征だ。


 組み合わせ抽選会。Aシードなので引くまでもないのだが主将の伊波さんが抽選会場に向かった。授業がサボれて嬉しいらしい。一応ローカルUHF局の生中継があったようでいつもと違う「真面目な」顔で答える伊波さんがいた。


「一試合ごとに気を引き締めて臨みたいと思います。」

「ごと」って勝ち上がるの前提なのね。


こうして、先輩たちと俺の最後の夏が始まったのだ。


 埼玉県の県予選は苛烈だ。なんと8回か9回勝たないと甲子園に行けない。まあ人口が埼玉に勝る神奈川、大阪、愛知はさらに酷いのかも。


 初戦は2回戦から。先発は中里さん。東郷監督から今日は勝ち負け関係なく5回まで、と言い渡されていたらしくご機嫌斜め。


「5回コールドで完投じゃないですか。中里ダイチさんが0点で抑えれば俺たちで10点取りますよ。」

「だよな。」


俺の言葉で中里さんが機嫌をなおすとみんながニヤリとする。

「やっぱり健がいると助かるわ。」


みんな、先輩たちが怖くて意見しづらいらしい。ただ、俺が正論を言うと先輩たちが大人しく聞き入れるらしくどうやら俺が先輩たちの緩衝材バッファーだと認識されているようだ。


 俺は先輩たちがするボケにツッコミを入れているだけなんだけどね。

「お前がいないと先輩たちがギスギスするからな。だからみんなお前の帰りを待ってたんだよ。」

 凪沢の言葉に首を傾げつつも意味がわかってくる。あの強すぎる個性が連携できるのは俺に対する「対抗心」に基いているのだと。


 真の意味で先輩たちは俺を好敵手ライバルと認めてくれているのだ。

俺たちは最高の仲間であると同時に最大の敵でもある。


 それがとても嬉しく、そして悲しく、そして何よりも「心地よい」。

それが青学の、というか先輩たちの強みなのに違いない。


 俺たちは最高のドラマを演出する同志であると同時に、そのドラマの主演俳優を競い合うライバルなのだ。


 こんな刺激的な夏は後にも先にも経験出来ないかもしれない。

 


 


 

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