策士再び!(決勝)

 決勝戦の相手は栃木県代表の求道きゅうどう学院高校。エースの左腕諸星郁也もろぼしふみやを擁する。山鹿世代には優秀な左腕投手サウスポーが結構多い。大阪桃林とうりん高校の坂田銀侍さかたぎんじと合わせ「東の諸星、西の坂田」なんて言われているそうだ。


 俺はシニア時代に対戦して以来だが、先輩たちは高校だけで先回のセンバツを含めて4回目の対戦になるそうだ。そしてこれまで3勝負け無し。こちらから見て「相性が良い」のだ。


 「あいつのことだ、性懲りもなく何かしかけてくるさ。」

伊波さんが予告する。


 一番打者の伊波さんがボックスに入ると外野はさがり内野は3塁側へと偏る。

「ほう。今日はシフト野球と来たか。」

 シフトとはデータに基づいて打者ごとの打球の方向を予測し、それにあわせて守備位置を変えることだ。


 「練習時間の無駄遣いのような気もしますがね。」

俺の嫌味に山鹿さんは

「今度こそは勝ちたいのだろう。勝ちを譲ってやる気もないが。」


 伊波さんはセオリー通りにど真ん中にストレートを投げ込まれ三振。なんでそこだけ打てないんだか。


 能登間さんにも同様に。今度は外野が前進守備。能登間さんは足で内野安打を稼ぐタイプだ。ただし「データ」上は。


 しかし強振されたバットで打球はレフトオーバー。そう、能登間先輩カズさんは打てないんじゃなくて打たないだけ。あっという間に二塁まで陥れる。さて、俺にはどうくるのかな?


 と思えば捕手を立たせ、敬遠。諸星さんが左腕なので右打席で行ったのだが、データが少なかったのだろうか。


 そして山鹿さんを変化球で攻めて併殺ゲッツ―に。うーん。右中間にぬけるはずがシフトのせいでアウトに。これはどうしたものか?


 リーグ戦で何度も戦うならいざしらず、トーナメント戦で当たるかどうかもわからないような相手にこんな手間暇かけるものだろうか。


 山鹿さんがめったにしない併殺に打ち取られたせいでみな打撃ギクシャクしはじめる。コースを意識しすぎてフォームが崩されていたりと完全に諸星さんの策に飲まれていた。しかも守備にまで影響を受け6回まで求道に2点のリードを許す。


 ベンチが重苦しい空気になっていた。その時だった。能登先輩が口を開く。

 「なあ、俺たちが相手に合わせる必要があるのか?別に相手の戦法に乗ってやる必要なんてないじゃん?」


 そういやそうだ。

「健、俺とバットを交換してくれ。」

山鹿さん?俺の木製ですけど。

「だからだよ。俺のデータはすべて金属バットによるものだからな。それにお前はどうせ諸星あいつに敬遠されるだろ。」

……そうですね。


 能登間さん、今度はセーフティバントで出塁。ファウルラインを切れずに転がすのはまぐれではなくわざと。そして俺は敬遠。なんか諸星さんにはシニアの時から一度も勝負してもらったことがない。


 無死二塁一塁で山鹿さん。木製バットは日常の練習でも使うので使えないわけじゃない。そして、諸星さんの初球の速球をレフト線に綺麗な流し打ち。


 能登間さんと俺が本塁生還して同点に追いつく。


「山鹿シフト」で守備が右翼側に寄っていた分打球の処理に時間がかかり鈍足な山鹿さんでも悠々二塁に到着。さらにそのバットを拾って打席に入った住居さんにも本塁打が飛び出し一挙に逆転に成功した。


 バットに魔法をかけていたわけじゃないけど、金属から木製に「変わった」ことで自分も変わったんだという自己暗示をかけられたんじゃないだろうか。それがリラックスにつながったのだろう。


 諸星さんも落ち着きを取り戻したものの、8回には俺のバットを借りた能登間さんにも本塁打を浴びる。

 

 点差が3点に広がったこともあって中里さんは俺にマウンドを譲らず完投。5対2の見事な逆転勝利。


これが野球アニメだったら諸星さんと絡むんだろうなぁ。


山鹿「ふ、策士、策に溺れたな。」

諸星「なんとでもいえ、今日は負けを認めよう。しかし、これで終わりではない。春の甲子園、そこでリベンジだ。」

山鹿「勝ち続けて来い。そうすればまた会えるだろう。その時は再び打ち砕いてやろう。その策略ごとな。」


俺と伊波さんのやりとりに山鹿さんが口をはさむ。

「おい、それじゃまるで俺の方が悪役みたいじゃないか。」


 俺たちは念願の神宮大会にこまを進めることができた。


 そして、神宮大会にはチームにとって因縁の相手、夏の甲子園で敗北を喫した作人館高校が東北大会を制して出場を決めてきたのだ。


 




 

 




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