スイッチ投手。

 おお。やる人いるんだ。両投げ投手。すでに両投げで有名になってしまった俺のせいでさほど注目は集めていないけど。


 いや、問題はそんなところではない。これまでやっと荒木のスピードに慣れて来たところで別の投手が出て来たようなもの。しかも球速が10km/hほど上がったきた。 


 ただ、コントロールピッチャーの方が嫌という打者もいる。それが山鹿さん。

1塁に能登間さんを置いて2ラン本塁打。一気に同点に追いつく。


 もちろん、荒木はそこから軌道修正し、ストレートにチェンジアップとフォークを交えた投球に変えてくる。多芸多才だな。いや、これがセンスの良さと言うものか。


 俺は自分の足りない部分を魔法で成長させたり補ってきたから、「センス」というものには無縁だ。だからこう言う「天才肌」の人間に接するとつい嫉妬やら劣等感やら感じてしまう。


 7回に入ると荒木はさらに右と左を打者によって変えてくるようになる。同点のまま7回表が終了。8回1死で監督が投手交代を告げる。中里さんは一瞬色めき立つが、

「荒木は健を意識しているはずだ。だからそこを突くしかない。」

と宥める。そして、俺と中里さんは守備位置ポジションを入れ替わった。


 同じ両投げスイッチ投手でも俺の方が球速が左右それぞれ10km/h以上速い。センスはなくても、速球を投げるための強靭な肉体は子どもの頃から段階的に作り上げてきた。その根気と忍耐力だけが俺のプライドのよすがなのだ。


 山鹿さんのリードは三振狙いだった。どんな俊足ランナーだって前に飛ばさなきゃ塁には出られない。俺はフロントドア、バックドアの変化球で二連続三振を取る。


そう、荒木に対して俺がお前の「上位互換」だと言わんばかりに。


「くっそ。二番手の球じゃねえ。」

そんなことを言いたそうな顔されて申し訳ないのだが、俺は実は「四番手」なんよ。


 ただ、荒木の方に焦りを感じられた。ご自慢の左腕の制球力が乱れ始めたのだ。集中力が切れて来たのだろうか。ならばこちらのチャンス到来だ。


 8回、伊波さんの四球、そして能登間さんの綺麗なライトへの流し打ちヒットで一塁三塁。左にスイッチした荒木に対して俺は敢えて左で対する。一瞬、荒木は驚いた顔をした。


 そこで信じられないような事態が生じてしまう。ボークだ。投球動作の途中でボールを落としてしまったのだ。恐らく左右投げているうちに重心の配分を誤ったのだろうか。俺は魔法制御のピッチングフォームなのでトチることは無いのだが。


 痛恨のミス。これで自動的にランナー進塁。三塁ランナー伊波さんがホームイン。3対2。俺は四球を選び、さらに二塁一塁。ここで山鹿さん。右で打たれているため左で対戦。


 しかし、ボークでさらに焦りがあったのか、甘く入ったカーブを再びスタンドに叩き込まれる。これで6対2。


 8回裏、一死無走者で右打席を選んだ荒木を迎える。まだ目は死んではいないようだな。俺は左投げを選択。


 素晴らしいスイングスピード。素晴らしい選球眼。この男はやはり俺に対して対抗心を持っている。それなら「深淵」を見るがいい。


決め球のジャイロ回転のSFFに彼のバットが空を切る。


 山鹿さんの要求は7回の左右の変化球からの縦の変化球へのチェンジ。無論、Max150km/hのストレートがあってこその変化球。


 俺にとっては山鹿さんのミットに向けて要求されたボールを投げるだけの「簡単な」お仕事。もちろん「要求」に見合う投球を身につけるのが難しいんだけどね。3、4、5番を三者連続三振。これがまさに投手の醍醐味。炎天下ですら脳内にドーパミンがダクダク出てくるカンジ。


 9回、監督は再び中里さんにマウンドを託す。すれ違いざま中里さんが腕を上げる。ハイタッチ。球審に見咎められ、素早い交代を求められる。


 中里さんもきっちり三人で締め、試合終了。準決勝への進出を決めた。


 強いですね、と聞かれた東郷監督。

「たまたま勝ったから強いと言われているだけです。どのチームにもそれぞれの強さがあって、この試合では我々の強さに結果がついただけですよ。一つ一つの試合を大切に戦っていくだけです。」


あと二つですね、と聞かれた伊波さん。

「そうです。あと二つ戦うため、全力を尽くします。それがこれまで支えてくれたチーム、家族、学校のみんな、そして対戦したチームに対して僕たちができる全てですから。」


疲れてんのかなぁ。いや、宿舎に帰ったら「イキリ」散らすんだろうなぁ。


 翌日、抽選の結果、準決勝の相手は広島県代表の広明こうみょう高校に決まった。投打共に強く広島だけに「仁義なき⋯⋯」なチームでもある。




 


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