ささやかなリベンジと次への切符

 つまり、俺が欠場した試合の相手だったわけか。つまり東京通運の監督の息子も在籍する大宮シニアの卒団生ということになる。少なくともこれから4回の甲子園をかけて何度か顔を合わせることもあるだろうし、練習試合もあるだろう。


 ちなみにうちの学校は関越自動車道の花園インターからわりと近いので東京方面の強豪校の遠征を受け入れることが多い。


 試合は胆沢が前半5回、凪沢が後半4回投げる予定だ。相手投手は本格派右腕の北野武蔵きたのむさし、2年生。最高速マックス140km/hのキレのある球を投げる。


 開始早々胆沢がつかまる。相手を意識しすぎ。初回表から2四球をからめていきなり2点献上。例の黒澤君に適時打タイムリーを浴びたのが気に入らなかったのか、スパイクでマウンドを蹴る。あ、こりゃいかん。タイムを取って内野陣がマウンドへ。伊波さんが穏やかに言う。


 「胆沢イサ、相手を意識しすぎんな。。一回やられた相手にムキになるのはわかるが安い挑発に乗るな。

 お前の球はまっすぐ投げたってナチュラルに変化する。打たれたってそう遠くは飛ばねえよ。開き直っていこう。バックを信じてくれ。」


 俺は黙っていた。胆沢が意識しているのは相手ではなく多分俺だろう。去年の決勝で対戦したのは黒澤氏だけだからだ。


 相手投手も意外に度胸とコントロールがあって、スピードの割にうちづらかった。捕手の山田さんのリードもいいのだろう。ただ、こういうタイプの投手は能登間さんと山鹿さんが得意とする。


 能登間さんが塁にでれば俺がつないで山鹿さんが返す。それだけ。山鹿さん二本塁打、俺も1本打ったけどね。


 チームも9対2で8回コールドで勝利した。ただアニメと違って試合後に黒澤氏にドヤれないのが残念。


 帰宅後、亜美から「香織オレ」宛てにメールが来ていた。

「試合お疲れ。男子部がお宅に負けちゃった。おしゃべりできないけど、チャットしようよ。」

「OK。」

「今日試合前に突然押し掛けてごめん。久しぶりに顔が近くで見られてうれしかったよ。」

 どうも本当は俺とツーショットで写真を撮りたかったようだ。

「だって王子とは幼馴染だって言ってんのに誰も信じてくれないんだもん。」


 どっちの意味でだろう?ホントはカレシでしょ?とか疑われたりして。うぷぷ。

「違うよ。知り合いかどうか疑われたんだもん。」

そっちかーい。


 そういえば黒澤くんとは仲が良いの?俺は平静を装いながら聞いてみる。

「どうかな。向こうはそう思ってるみたいだけど。私は彼を異性としては興味ない。でも結構しつこいんだよねぇ。ただの愛想笑いでも勘違いしてくるから結構困る。僕が君を甲子園に連れていってあげるから、とか言ってるし。私は『南』じゃねーっつーの。まあ青学さんに春の夢は砕かれましたけどね。」


 「亜美、もてもてじゃん。」

「マネジャーくらいしか女子いないからねー。私さ、最近男子部での練習にも参加させてもらうことが増えてるから接点も増えてるんだよね。そのおかげで今日みたいにベンチは入れないけど試合に帯同させてもらったりすることもある。当然バスの中だって放っておかれるはずもないしね。結構めんどくさい。」


 でも「もてる」ってのは気分が良いんだよなぁ。気持ちがぐらついたりせんの?してもらったら困るんだけど。


「ほう?それをTVスターのユーが言いますかね?」

「いや……、3分ですし。俺の出演なんてインタビューなんか合わせても30秒くらい。こどものころ亜美と一緒に出た番組やつの方が長かったよ。」


 ほんとは黒澤氏の悔しがる様子を聞きたかったがやめた。さすがにそれは悪趣味な気がしたから。


「そろそろ時間だ。今日は文章だったけど話せてうれしい。今度は、じかに会おうね。今度はまた正月休みかな。時間が合ったらまたチャットだけでもしようよ。女子部は関東大会も頑張ります。香織も神宮、そして春の甲子園目指して頑張ってんね。バイバイ。」


 バイバイ。亜美と違って俺の場合は連れて行くじゃなくて先輩たちに連れて行かれる、かな。


 決勝の浦和学園戦も8対0で快勝。優勝を決める。中里さんが7回0封だったがあっさり俺にマウンドを「譲った」。ただ譲ったと言っても自ら俺の守る一塁に入ったので「託した」のではなく「預けた」というレベルか。


 青学と浦和学園が秋の関東大会にコマを進めた。関東大会とは東京都を除く関東6県に山梨県を加えた7県の代表による試合である。


 この大会でベスト4に入れば翌年の春の甲子園への切符が確実に手に入るのだ。これが燃えずにいられるだろうか?(反語)⋯⋯いや無い。


 そして強豪ひしめく関東大会へ。




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