秋の県大会と両利きと両刀。

 なるほど、安武トラが言ってた「誰かさん」て俺のことだったのか。


 学校に行くとロッカールームでさっそくいじられる。ただ大抵、俺が右を使えることを知らなかったやつの方が多かった。


「両利き王子て、お前は男でも女でもいけんのやなぁ。」

「あ、それ両刀な。」

そう、絶対こういじられるのはわかりきっていた。


 お昼の校内放送では伊波先輩タツさんが俺を紹介した番組の解説をしていた。「放送事故防止担当」のケントも一緒だ。正確には伊波先輩タツさんの下ネタ発言で顧問に怒られたくないメディア研が責任転嫁のために理事長ケントを巻き込んでいるのだ。


 「いやいや『両利き王子』て。だいたい王子王子って牛肉じゃあるまいし。」

伊波先輩タツさんは笑いをこらえられない。


「タツ、それは『豪州産オージー』だよ。まぁなんにでも『王子』ってつければいいってもんじゃないよね。」

ケントもあきれ顔だ。


「じゃあ俺は『悪球王子』だろ。住居サンタは『微笑み王子』だな。」

伊波先輩タツさんは勝手に王子認定を始める。

「だとすると中里君ダイチは『下手したて王子』かな?アンダースローだからね。」


理事長センセ、それじゃダイチが『揉み手』していそうでいやだよ。そういやセンセは若いころイケメンやったろ?息子氏ジュニアもえらいかっけーもんな。」

「いやあ、私が『王子様』だったのはずいぶん昔の話だね。今は『う』が抜けてただの『オジ様』さ。」

「誰が上手いことを言えと。」

伊波先輩タツさんケントがうけて悔しそう。キレッキレの親父ギャグだ……。


 県大会は19日から開始。我が校は甲子園出場校のため第一シード。登場は2回戦から。


 21日の2回戦は胆沢が先発。中里先輩ダイチさん右翼手ライト。俺は3年ぶりの一塁手ファースト。三塁コーチボックスの2年生せんぱいが俺の本来の背番号3をつけていた。


 さすがに5人衆が出てくると強い。18対0で5回コールド勝ち。俺も2年ぶりに目の前で先輩たちがプレーしているのを見ると「帰って来た」という実感がある。


 1日おいた23日の3回戦は凪沢なぎが先発。再び15対0の5回コールド勝ち。平日なのに結構お客さんが入って驚いた。歴史の浅い学校だからOBはあまりいないはずだがこれが甲子園ブランドの威力というやつだろう。


 準々決勝でようやくエース中里登場。新興の私立校を寄せ付けず10対0で5回コールド勝ち。本格派の二人の二年生と違って技巧派だったはずだが下手投げアンダースローで140km/hは超えてきている。下手投げアンダースロー投球ボールはジャイロ回転しているはずで打者は手元で浮き上がって来るように見えるはずだ。


 そして準決勝の相手は彩栄学院。会場は市営大宮球場。バスを降りようとしたらもう少し先まで行けと指示される。そうでもしないと警備がたいへんなんだそうだ。甲子園のスターは伊達ではない。


 前の試合が長引いていたせいですぐにロッカールームも使えず、俺たちは球場のコンコースでアップをしていると、亜美がやってきた。ユニフォーム姿を生で見るのはリトル以来か。

「健!」

満面の笑みで手を振りながらやってくる。

「亜美。どうした?敵情視察か?」

今日の対戦相手は亜美の通う学校なのだ。


「いや、評判の『両刀王子』の様子を見にきた!」

こういうところは普通に女子だ。しかもまた「両刀」ネタ。

「『両刀』じゃねぇ。『両利き』だ。俺を『腐海BL』に突き落とすんじゃねえよ。」

「えー、わたし『腐女子』じゃくさってないよ。」


「誰?この可愛い子。」

伊波さんが近づいてくる。

「こんにちは、お邪魔してます。彩学女子野球部の松崎亜美です。」

「あれ、彩栄の松崎っていえば……。」

「夏にやった女子ワールドカップの三冠王ですよ。亜美とはリトルが一緒だったんです。」

俺が補足説明する。


「健、お前がさすがに両刀でも女子部には入れんぞ。」

「だから両利きやっつーの。亜美とは家も近所だし同小だったんですよ。俺が『王子』ですべってたんでからかいに来ただけです。」


「亜美ちゃーん。」

そこに男子部員が亜美を迎えに来る。

「だめだよ、対戦相手のとこなんか行ったら。」

そこそこイケメン。「顔」ではなく「面構え」というべきか。自信満々な顏。


「彩栄の黒澤君だね。見られて困るものではないから別に構わないよ。彼女、うちの部員の知り合いだそうだし。」

山鹿さんに顔が知られていることを知ると、黒澤は小鼻をふくらませる。彼は俺に向き直った。


「甲子園チャンピオンに知られているなんて光栄ですよ。あんたが沢村君?去年は対戦しそこなってしまったけど、今回は楽しみにしてるよ。じゃあ、亜美ちゃん戻るよ、監督が探していたし。」


誰なんだ?そして亜美に馴れ馴れしい。凪沢ナギが教えてくれた。

「あいつ、去年のシニアの選手権で決勝の相手チームにいたやつだ。」

そうか、俺が「すっぽかした」やつね。。



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