誕生日とオランダ戦と。

「お誕生日おめでとう!」

8月14日、午後11時ジャストに亜美からおめでとうコールが入った。

「ありがとう亜美。」

俺がやや浮かない声なので亜美は少し怪訝けげんそうだ。


「なんかあった?」

「いや、日本だと午前0時なんだけど。北京は時差の関係で1時間の遅れがあるんだよね。」

「え、じゃあもしかしてそっちはまだ11時なん?ごめんね!もう一回やり直そうか?」

もちろん、俺は彼女にそんな厳密さを求める気はない。

「いや、亜美の声が聞けただけで十分嬉しいよ。おふくろによると俺は昼ごろ生まれたらしいから。」

「そうなんだ。」


 そこからしばらく話し込む。亜美は高校女子野球選手権をついに三連覇を達成した。そしてこれから女子野球のワールドカップの直前合宿に臨むのだ。

「うーん。しかし収納魔法って便利だよね。これは一度使ってしまうと手放せそうにないわ。」

 亜美は現在、仮に異世界の亜美と同じ能力が使える。巨大な「収納魔法」。 基本的に魔法空間に「空気」はないため、生の食品でさえ腐る速度が限りなく遅い。逆に言うと生きた生物はいれておけないのだ。


 俺も「勇者」なので標準的な範囲で使えるが、容量は畳で一畳くらいの物置ほどだ。亜美は俺に比べて50倍程以上の大容量を持つ。まさに倉庫チート級なのだ。遠征の多い亜美にとってこれほど便利な能力もあるまい。女の子は荷物が多いしね。


 しかも異世界の亜美はかなり収納魔法をカスタマイズしていたので、相当使い勝手もいいはずだ。例えば「メールボックス」。任意の相手に一部の空間を共有させれば「転送魔法」に近い使い方もできる。まあ相手に魔力がないとできないから相手は限られるか。


 さらにいわゆる「生活魔法」も使えるはずだ。でもこれは「文明の利器」と大差ないので使用する意図は限られてくる。ただ洗濯に使える「清浄魔法」はユニフォームの泥汚れがひどい内野手にとってはかなり便利だと思う。


 ふふふ。俺と付き合う特典はなかなかのものだろうて。ただ問題は亜美にどうやって告白をいたそう、ということが問題だ。


 オリンピックの最終戦が8/23。女子ワールドカップが8/24から8/29まで。完全にすれ違いなのだ。一応8月いっぱいまでは休みをとっているのだが、来年のことを考えると早めに渡米すべきだし。うん。ここはシーズンが終わって改めて機会を設けてもらった方がいいのだろうか。


 少し遅くまで起きていたので起きたら10時を過ぎていた。携帯を見ると家族からもお祝いメッセージが届いていた。返信してから学校の授業のDVDを視聴。

 アメリカの高卒の資格はあるが青学の「卒業生」でもありたいという気持ちで勉強してるが、これがなかなか辛い。たっぷり寝たはずなのにまた眠くなる。


 今日もナイトゲームのため午後から練習。その前にチームでランチ。俺がレストランに行くと誰もいない。俺がキョロキョロしていると担当のお兄ちゃんが来て別のレストランに案内された。


 もう、変更したならしたで連絡くらい寄越せよ。中身が昭和なので「報連相ほうれんそう」にはうるさいんだからねっ。とツンツンしつつ入ると


 「ハッピバースデー」のピアノと共にみんなが出迎えてくれた。

「おたおめ!」

ありがとうございます。深々とお辞儀をしてしまった。まさかのサプライズ。ケーキが中国らしい毒々しい色遣いなのはご愛嬌だが。素直にうれしい。


「18歳になったのか?楽しいこといっぱいできる歳になったな。」

「お礼はホームランでいいからな。」

「いや、超金持ちだからもっと良いもんでるやろ。」


勝手なことを口々に。

「ちなみに俺の誕生日は明日な。」

ダルさんに頭をくしゃくしゃされる。

「そうでしたね。予備日の前ですから夜のお店でパーっとやれますね。」


「考えてみたらこれまで健ちゃん連れていったのまずかったか?」

「いや、保護者同伴なんで大丈夫でしょ。」


記者さんたちも含めてお祝いしていただきました。ありがとうございます。



オランダの先発はシュミット。オランダ代表期待の若手左腕サウスポーだ。

一方、日本の先発は椙内すぎうちさん。パリーグを代表する左腕の一人だ。


チャンスは一回の裏にすぐ訪れる。無死二塁一塁。俺は右打席に入る。

スタンドに「健ちゃん、18歳の誕生日おめでとう。」という横断幕が目に入る。


 なんか恥ずかしい。監督も選手もみんな普段の会話からインタビューでも俺のことは「健ちゃん」呼ばわりなので日本代表ファンの間でもすっかり定着し始めているのだろうか。


 わざわざ準備してくれるとはありがたいことです。


 スミットさんのフォームはけっこうクセのあるスリークオーター。初球のスライダーを見送って0B1S。意外に良いところに決まる。せっかくなので魔法をしっかりかけ、プレゼントのお礼にしよう。




 

 

 

 


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