大きな穴を埋めるために。
「絶対不可欠な人間は存在しない」というのは事実だ。しかし「かけがえのない人間」は確かに存在する。お世辞にも大きな身体とは言えないが中里先輩は確かに大エースだ。
ただ、その損失を埋めてくれるのは主将の山鹿さんだった。180cmを超えた身長に100kg近い体躯は異世界に行けば良い
……というよりよく部員とコミュニケーションをとって俺たちが不安に打ちのめされないように気を遣ってくれている。ここらへんは学校のアメリカ式の指導方針ならではなのだろう。そんなの根性でどうにでもなるなんて決して言わないのだ。
屋台骨を失った投手陣だが、エースナンバーは
4月の関東連盟の春季大会も何とか優勝を果たす。しかしチーム防御率は2点近く下がり、やはりエースの穴の大きさを物語っていた。
「中里先輩の怪我の具合はどうなの?」
亜美と4月末のゴールデンウイーク。束の間の休息期間にデートに漕ぎ着けた。何しろ春休みは中里先輩の事故のせいでデートどころではなくなってしまったのだ。
「けっこうおおきな事故だったからな、足だけってわけじゃないから退院はもう少し先らしい。退院しても学校でしばらくリハビリだって。全治3ヶ月らしいけどアスリートとしての勘を戻すにはもう少しかかるらしいよ。」
俺の説明に亜美は少し眉を寄せた。
「そっかー。大変だね。でもリハビリ施設が学校にあるってのがすごいよね。あ、もともとそういう学校なんだっけ。」
そこで話が途切れる。俺が一生懸命次の言葉を紡ごうと悪戦苦闘していると、亜美はひとつ伸びをしてから切り出した。
「あのさ……。今年、女子野球のワールドカップがあるの知ってる?」
うん。えーとカナダでやるやつだよね。
「実はさ、私……代表合宿に呼ばれたんだぁ。」
俺は思わず飛び上がりそうになる。いや、まじか?それはすごいな。中2で日本代表とかまじで漫画みたいだな。亜美は照れと苦笑が交じった笑顔で手をぶんぶんと横に振る。
「まさかぁ、『候補』じゃなくてただの『見学』だって。まあ練習にも参加させてもらえるんだけどさ。」
亜美は普段から高等部の練習に参加していて、公式戦ではない練習試合には使ってもらっているそうだ。そこで代表監督の目に止まって呼ばれたらしい。
「でも中等部で呼ばれたの私だけでさ、なんか部の空気が変なんだよね。」
そうかもな。やっぱり「持っているやつ」って羨ましいし、妬みたくもなるよ。正直俺も羨ましいと思ったし。でも応援してるよ。……行けるといいな、カナダ。ついでにお土産頼むわ。亜美は頬を膨らます。
「行けるわけないでしょ!そう言えばあんた選抜で行ってた大阪のお土産くれなかったじゃん。」
すまん、買い食いとかしてたら金が無くなっていた。
「そういうとこマメじゃないとモテないよ。」
以後気を付けます。……なんてね。実は用意してました。はい、いつも応援ありがとう。俺がプレゼントの包みを渡すとびっくりしたような顔をした。
「開けて良い?」
どうぞ。包みからでてきたのは大き目なTシャツ。しかもヒョウの顔がほぼ全面にドン、と前後にプリントされたやつ。あきらかに戸惑った表情。
「なにこれ?」
知らんのか?大阪のおばちゃん御用達のお店で買ってきた「ヒョウ柄Tシャツ」ですけど。これを着ればあなたも即大阪のオバチャンに変身できるんやで。あとは飴ちゃんを持ち歩けば完璧や。
「着れるかっ。べ、別に嫌いというわけじゃないけど、これを着こなせるお洒落スキルのハードルは私には高すぎるわ。」
まあまあ俺もさすがにおしゃれだと思ってないんで亜美が家の外で着ると想定してないぞ。部屋着すらダメなら車のシートカバーでも枕カバーにでもしてくれよ。来年も選抜行けたら今度は虎のヤツを買ってくるわ。
「いるか!……でも、ありがとうね。おかげでなんかへんな緊張感がぬけたっぽい。合宿楽しんでくるね。やっぱあんたといる時がいちばん素でいられるかも。」
そりゃよかった。俺もだよ。
「いや、あんたはは女子に気を遣いなさい。彼女できたら苦労するよ。相手がね。」
まじか⋯⋯まだ友達かぁ。
彼女を駅まで送る。俺はふと思う。この世界の亜美は前世の亜美とは違う亜美だ。もし俺がこの亜美と結婚できたとしたら。前世の亜美はどうなるのだろうか?
ゴールデンウイークの後半から練習が再開した。ついに夏の選手権の予選が始まるのだ。でも予想以上にチームの中は
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