因縁と因果とZ旗と。

「日本のために一つになって戦い抜こう」。

干野監督の言葉はまるで開戦直前の提督みたいだ。「皇国コウコク興廃コウハイコノ一戦ニアリ」みたい。みんなの顔に緊張が走る。空気がピリピリしている。


「あ、すみませーん。」

俺はわざと間の抜けた声で手を挙げる。

「どうした?。」

そこはいつもの「健ちゃん」でええやろ。


「今日、宴会で隠し芸を披露したい人はボクまでどうぞ!」

せっかく高めた空気を壊されて監督が渋い顔をする。結局、日本チームは実力さえ「出せれば」十分に強いのだ。ムードメーカー要員の左藤さんまでカチコチだ。


 相手は全員「ガイジン」だが、あちらからしたってこちらは「ガイジン」だ。せっかく「命知らず」の「サムライ」を名乗ってんのに失敗を恐れてどうすんだよ。


 俺はね、「金メダル」が欲しいんですよ。このメンバーならイケるはずなんです。俺は方針を変えることにしたのだ。仲間同士はいいのに、コーチ陣が絡むと途端に硬くなる。


 韓国メディアの取材も受けた。彼らも契約金70億円の話が聞きたいみたいだが、利用できるものは利用させていただく。

「70億円あれば韓国の球団が買えますかねぇ?⋯⋯要らないですけど。」

「やや」毒のある表現だが、これがマスコミフィルターを通すと大変なことに。


「生意気な18歳の小僧が犬のように吠える。『韓国野球は全球団合わせても俺一人の価値すらない』」


 おいおい、さすがにそこまで煽ってねーし。ちなみに18という音は韓国語では結構な悪口と同じ言葉なのもアクセントになっている。おかげ様で殺気を感じます。むちゃくちゃ悪口言ってる。俺が全部理解できるの知らんのだろうな。


 今日はホームゲームになるのでこちらが後攻だ。先発は日本が輪田わださん、韓国がキム氏の左腕対決。


 0対0、1回裏最初の打席は二死無走者。俺は敢えて左打席に入る。これを挑発と捉えてくれればご自慢の速球で勝負してくれるでしょ。キム氏は田仲さんと同級生、つまり俺と歳が近いから力で捩じ伏せにかかってくるはず。


 恐らく相手が日本人なので遠慮会釈えんりょえしゃく無しのインハイから入る。ま、日本人相手ならぶつけてもヒーローなお国柄ですのでわかってますよ。


 そして外に逃げるスライダー。あぁ、マジで好投手。さ、身体を起こすようなインサイド来いや。注文通りの素晴らしい直球4シーム。打った瞬間、それとわかる本塁打。対空距離も対空時間もばっちりのバックスクリーン直撃の先制アーチ。


 さ、ここはやっちゃいましょう。俺は三塁を回ると助走をつけバク転を決めてホームイン。期待していた日本人からは歓声が上がり、ふざけるな!と思った相手の応援者からは罵声が飛ぶ!

「っしゃ!美味い酒飲むぞ!」

みんなの手荒いお出迎え。そ、リラックスしていきましょう!


 キム氏も輪田さんも好投。1対0のまま4回裏、2巡目の打席。今度は右打席に入る。あれだけ良いスライダーがあるんだから右打席でいけば膝元に来るっしょ。

セオリー通り、注文通りの決め球を振り抜く。快音と共にボールは左中間スタンドに。物凄いスピードで伸びてゆき、まさにスタンドに「突き刺さる」。


 再び韓国チームの怒号の中、バク転でホームを決め、高々と2のサインを掲げる。これで2対0。


 6回の3巡目、再び左打席に入ったものの、流石にキム氏も戦意喪失したのか四球で歩く。しかし五番の新居さんの2ランで4対0。これはいけそうか。と思ったの束の間。


 7回輪田さん続投?たくさん投手がいるのに?嫌な予感は的中するもの。日本でもプレー経験があるイ氏に輪田さんが2ランを浴びてセーフティリードがパー。これで4対2。


 8回に右の河上さんにスイッチ。もう、1イニング出すのが遅い。


 8回4巡目。二死一塁。対する投手は3人目、韓国を代表する左腕のセットアッパー、クォン氏。150km/hを超える速球でぐいぐい押してくる三振が取れる投手だ。ちょっと、メジャーでもいけそうじゃね。


 がしかし、半分アメリカ育ちの俺としては大好物。ちょっと差し込まれたかな、という感じだったが、迷わず振り切った打球は大きな弧を描いてライトスタンドへ。


 歓声とブーイングの中、俺はバク転を決めて3を掲げる。これで6対2。

やれやれ、と言ったとこで最後は石瀬さん。なんかすごい汗だな。大丈夫かな。


 悪い予感は当たる。石瀬さん、大乱調で3失点。これで6対5。やばいよやばいよ。ねえ、後ろ用意してないの?

 


 

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