卒業までの半年に。


 帰ってきたら10月になっていた。新しいシーズンは3来年の月から始まる。俺の願いは1個だけ。

「卒業式出たいなぁ。」

中高一貫校だから尚更だ。


「でもお前一回アメリカでやってるだろ?」

凪沢につっこまれる。

「いいんだよ。甲子園と一緒で何回出たってさ。」

「例えになってねぇわ。まあ、甲子園優勝ならそうかもな。」


結局、青学を破った中西の福岡水鏡高は決勝戦で藤村率いる理想舎高に敗れた。

そして凪沢と胆沢は最後の最後の大会である国体で意地の優勝を果たしたのである。


「さすが一線級のエースが二枚いれば甲子園以上の短期決戦には優位だよな。」

「まあ俺以上に胆沢リュウジが良かったからな。甲子園での負けで成長したんじゃね。で、お前、来年はどこからスタートなん?」


 俺の来季は格付けはA(シングルA)にあたるノースウエスト・リーグのボーリンググリーン・ホットドッグスに決まった。もちろんレイザース傘下の提携球団である。聞き慣れない街の名前だがケンタッキー州にあるという。


「じゃあフライドチキンが美味いのか?」

そういうわけでもないらしい。

 もっとも、アリゾナで10月から11月に開かれる秋季フォールリーグに参加して成績を残せば、その一つ上のA+(アドバンスドA)のシャーロット・ストーンキャンターズからスタートできるとも言われたが、俺は学校を選んだ。

 レイザースは今年球団創設以来初めてのリーグ優勝に向けてプレーオフを戦っているのだ。


 青学の新しい主将は安武トラになった。神宮大会、春の選抜を目指して秋季関東大会を戦っている。小囃子、帯刀の「トロイカ体制」(って昭和な表現すぎやな)で爆進中である。


「まあ、他校の連中には気の毒だが、俺たちの世代の時がチャンスだったのにな。」

俺が自虐的につぶやくと俺たちをみつけた安武トラがやってくる。

「なに言ってんスか。健さん世代も十分化け物ですよ。さ、トレーニング行きますよ。」


 俺もNPB所属でないので後輩たちに混じって練習やトレーニングをしている。「金メダル狂想曲」も表面的にはしずまってくれていてありがたい。


  普通科の主催する今年の文化祭のトークイベントに「召喚」されたりもした。「愛の地球テレビ」の放送は深夜帯だったにもかかわらず、録画してでも観た生徒も多かったようだ。


 しかも「サプライズ・ゲスト」としてその亜美が呼ばれていたので非常にやりにくかった。「サプライズ」といっても当然打ちあわせ上知らされているわけで、驚いたリアクションから求められるし。


 「メダルのクロス噛み」は衝撃的だったらしく、アンコールを求められたが、金メダルはお互いに学校に預けていた。というか何度でもやらされる予感がしたのであえて預けたままにしているのだ。


「こんなこともあろうかと」

と代わりのメダルを用意してきたのには驚いた。ちなみに「こんなこともあろうかと」は宇宙戦艦ヤマトで有名なフレーズなので、俺の中の人は思わず笑いを噴きだしてしまったが平成キッズの年代にはわからなかった模様だ。


 俺たち二人の「関係」について台本以上に入念につっこんでくる。

「やっぱり相手に噛ませたメダルをもう一度自分で噛んだりしましたか?」

「中坊かよ?」

思わず俺もツッコミ返す。ま、「もっとすごいことしたわ」と返すのは自制。


「いや、今は野球に集中したいので恋愛とかはしてる暇はないです。」

で押し通した。


 運命の10月末のNPBのドラフト会議。凪沢は広島の2位。胆沢は仙台の3位に無事に指名された。


 俺もめちゃくちゃ嬉しくて涙が出てきた。自分の全体1位より嬉しいかも。ただそう言うと胆沢には見下してんじゃねえ、と一喝されるのがわかっていたから黙っていた。正確には自分の時は「驚いた」と借金の返済が確定して「ホッとした」がうれしいという気持ちを上回っていただけ。


 ただ俺のはしゃぎようは新聞記事になっていた。一応ほかの部員たちにまぎれて「モブ」してたんだが、見つかって単独で話を聞かれた結果だ。主役のお前たちを食うつもりはなかったのだが。嬉しかったのだから仕方がない。







 



 


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