人種の壁を超えてやれ!

 オランダって野球するんだ……。これが俺の最初の感想ね。


 だが驚くことなかれ。オランダにおける野球の歴史は古く、すでに大正時代から始まっているのだ。一説ではあのサッカーのレジェンド、ヨハン・クライフも最初は野球少年だったとか。今はカリブ海に浮かぶオランダ領の島出身の選手がメジャーリーグでも日本のプロ野球でも活躍していたりする。


 なので実はガチ強豪なのだ。


 今日は台中球場でデーゲーム。いかにもパワーがあるといういかつい選手ばかりだ。先発は増田さん。あえて海外にはあまりいない下手投げアンダースローを投入して相手のパワーをいなすつもりだろう。


 さすがベテランならではの小気味良い投球術ピッチングで増田さんは相手をかわしながら次々と凡打の山を築いて行く。


 一方、日本の攻撃側も精彩を欠き、6回までお団子の山。俺の出番あるかなぁ。

ちなみに今年の春に初めてアメリカでWBC、ワールドベースボールクラッシックが行われたためアメリカはこの大会には不参加。


 日本有利ではあるんだけどこちらはプロ不在の上、アマも最高の選手を揃えて来たとは言い難い。それでもここまで勝ってこれたのは日本の選手層の厚さだろうな。


 「健ちゃん、明日の予備日、どうする?」

今日はベンチの大窪さんに聞かれる。天候に恵まれ、明日の予備日はまるっとオフなのだ。レギュラーで戦って来た選手ひとたちと比べると体力は余っているのも事実だが。

 「お土産でも買いに行きますか?観光でもいいですけど、デカイ男たちが集団で観光ってのも見た目だけで引かれそうですもんね。」

「俺も行っていい?」

何人かが仲間になりたそうにこちらを見ている。ひけらかすつもりはなかったが言語魔法の力を披露したのは失敗だったか。


 7回、ようやく試合が動く。7番に入った野木さんの内野安打から始まり、バント、四球を絡めて満塁となり、そこから不動の一番打者、木崎さんのタイムリーで1点を先制。8回には相手失策エラーと四球から野木さんの2点適時打タイムリーで3対0。増田さんは最後まで相手に狙いを絞らせず、8回を3安打で無失点。


 最後は益岡さんが四球を一つ出したもののきっちりと無失点で抑えチームは4連勝を飾った。俺、出番無し。でも明日は気持ちよく休めそうでなによりだった。


 翌日は市内観光。ホテルにガイドさんを用意してもらってタクシー移動。お土産を買ったり、カフェで美味いものを食ったり男同士とは思えないガイドさんの行き先チョイスに精神的ダメージを禁じ得なかった。


「いやぁ、次はさすがに女の子を連れて行きたいわ。」

激しく同意です。


 翌日は全勝同士の対決。キューバだ。この大会で9回優勝という圧倒的な勝率を誇っている。キューバにとってこの大会は最も重視されているようで毎回のようにベストメンバーを出してくる。


 全勝同士とは言え、「胸を借りる」という表現の方が似合う。会場はインターコンチネンタル球場で午後1時からのデーゲームだ。


 先発は福森さんだ。そしてついに俺にお呼びがかかった。

「健ちゃん今日は最初から行くよ。」

相手はWBCでプロ選手相手に準優勝を飾ったチームだ。おいそれとはいくまい。


俺は不振の古山さんに替わって3番指名打者。蝶野さん、野木さんの大学生コンビも5番6番に入りかなり若返ったオーダーだ。


 キューバ選手の弾むような躍動感あふれるフォームから投げ込まれるボールは正直言って初体験だ。アメリカだって高校生が相手だったしね。この大会の前半はオーストリア以外は勝手知ったるアジア人チームだったし。


 第一打席は三振に終わる。なにあの角度。でもまあ情報収集はできたはず。しかし、キューバは初回から3回までの間に6安打1本塁打で4得点。大型選手ばかりなのにパワー頼みどころかガンガン走ってくるし、動きもスピーディーで軽快。どういうバネをしてんだか。アジア人とは瞬発力が断然違うと言ったところだ。瞬発どころか爆発じゃね。


 俺はふと思った。魔法であの「バネ」を再現できんもんだろうか?キューバ選手に限らず黒人選手は背筋や大腿筋など体幹部に近い筋肉が発達し、前腕やふくらはぎといった末梢の筋肉はスマートだ。


 体力倍加エンハンスのかけ方を変えてみるのもありか。4回の第二打席は球を完璧に捉えたがフェンス前でジャンピングキャッチされる。あんなの捕れるか?普通。やはり一伸び足りない。次の打席までなんとか考えてみることにした。

 






 

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