因縁の南高麗戦。


 昼間軽く調整をしてからチームで予約したレストランで食事。土曜日なこともあってわりとにぎわっている。


「結局あの『口半開きして空見上げて薄ら笑いする茶髪眼鏡の南流ドラマ』ってなんでしたっけ?」

「あーはいはい。それ『冬ソナ』じゃね?」

そうだ、そんな感じのドラマだったよ。


 現地の高校生だろうか。こちらが日本代表と気づいたようだ。こちらをちらちらみつめてくる。男女3人のグループだ。

「あの、ニ…ホンの、選手の……人デスカ?」

いちばん年代が近いと思ったのだろう。俺に話しかけてきた。


標準語マンダリンでよければ話せますよ。」

俺が中国語に言語を切り替えると驚く。そして、サインが欲しいということだ。同じ世代ということで俺と、昨日本塁打を打った瀬郷さんのサインをもらってうれしそうだった。


「健ちゃん。」

サインを書く俺を横目で見ていた蝶野さん。

「そのサイン、なんか古臭くね?」

悪かったな。それを言われたのは今年で2回目だ。


「いや、中学時代の拗らせた時代に考えたサインをまだ更新アップデートしてないんですよ。なんかかっこいいサインの書き方教えてくださいよ。」

俺の抗議に彼も困ったような笑みをうかべる。

「すまんな。実は俺も健ちゃんと同輩だ。」


そして大窪さんも驚いていた。

「いや、それよりも健ちゃん中国語できんの?」

「旅行会話程度ですよ。深い話は無理ですけど。」


さては予備日に俺をショッピングに連れまわす気だな。彼女へのみやげなんてパインケーキでいいんですよ。ド定番の。

「台湾はある程度日本語通じる店員さんが多いから大丈夫ですよ。」

と保険をかけておく。


早くも浮かれとるな。ま、俺もだけど。


 南高麗戦は夜6時半から。だいぶ日が短くなっているので完全に夜の試合ナイトゲームだ。俺は今日も気楽なベンチスタート。


 3戦目とあって監督は大幅にオーダーを組み替えてきた。南高の投手が左腕だったこともあるけど。蝶野さんも初スタメン。5番に入っていた。


 先発はプロ逆指名の鷹崎さん。国際大会の代表経験が豊富で、すばらしいマウンドさばき。5回をわずか4安打無失点。ただ、南高の投手もまた素晴らしかったのだ。


 おかげで試合がすいすい進む。試合が動いたのが7回、2番手の來村きむらさんがおもわぬ一発を浴びる。1失点。しかも四球と安打で一死二塁一塁。


 うーん、投げたいなぁ。中里さんの気持ちが少しわかる。俺はピンチになると結構脳内にアドレナリンが出てくるタイプなので案外抑えは向いているのかもしれない。


 しかし、肩を作っていない俺に出番などなく、大庭おおばさんが呼ばれる。ここから大庭さんの奪三振ショー。6連続三振を含む好投で後続をぴしゃりと押さえ、攻撃は9回裏へ。


 4番からの攻撃。先頭の瀬郷せごさんが相手の失策エラーで出塁し、蝶野さんが送りバント。代打の野木のぎさんを敬遠で一塁を埋め、3打席無安打だった7番鈴原さんがレフト前安打。バックホームがいい返球で3塁コーチは三塁走者を停止。


つまり一死満塁。


 ここで俺に出番が回ってきた。

「健ちゃん、大きなフライでいいよ。できればライト方向がいいな。」

監督の願望に近い指示がでる。まあ俺にむやみなプレッシャーをかけたくないのだろうけど。


 今日も代打魔法セットをかけて臨む。さすがに今日の球場は広いからな。もう俺のデータは相手も取得済みらしく外角のボール球から入る。そしてインハイで俺をのけぞらす。さあ次はどっちでくるかな。バッテリーの長いサインの交換。


 内野ゴロにひっかけさせるような外への変化球。待ってました!基本通りのセンター返し。打球はアッパースイングで振られた俺のバットに乗って弾き返される。打球はすごい角度であがる。やった、大きなフライだ。中堅がバックし二塁手もバックホームへの中継に入るために追う。あれ、越えたか、フェンス。


 バックスクリーン直撃!サヨナラ満塁ホームラン。さすがに生まれて初めて打った。最後きめポーズどうしよ。俺は本塁を踏むと日本の応援スタンドに向かい、胸の前に両手クロス、上を向いて口半開きで変顔を決める。


「健ちゃん、今のなに?」

渡部さんに聞かれる。

「『冬ソナポーズ』ですけど。南高代表に感謝をこめて。」

「わはは、ウケるわ。」


ただこれ、南高麗のネットで大炎上したそうだ。すまん。馬鹿にする気は全くなかったのだが。連盟の方にも苦情と抗議が南高麗から殺到したらしく、俺は後日この件で監督に叱られることになる。


 明日はデーゲームでオランダ戦なので宿舎ホテルに帰ったら早く寝ないと。俺は興奮しすぎて睡眠魔法スリープをかけないと眠れなかった。




 

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