金メダル×金メダル

「なんか緊張する。」

俺がため息を吐くように言うと妹に笑われる。

「お兄が試合するわけじゃないじゃん。」


「まぁ、でも日の丸背負ってと言うのは緊張しそうだよな。」

親父がビールを飲みながらの観戦。これは前世の親父から一貫したスタイル。


 ただ、始まってしまえば試合はドキドキよりも安心感。初回にいきなり亜美の2ランで先制すると日本ペースで試合は進み、カナダも善戦したものの終わってみれば11対3。


 圧勝だった。亜美は5回の第3打席でも本塁打を放ち、俺と同じ12本塁打。首位打者こそ譲ったが打点、本塁打で他者を圧倒する成績で最優秀選手、ベストナインも獲得。


 まさに無双であった。


「凄いね、亜美ちゃん。」

 妹が褒めていた。妹よ、兄もそれなりに凄いんだぞ。まぁ、リアル妹にデレられたところで何のメリットもないのでいいけど。せめて兄貴の威厳くらいは認めておくれ。


 今日ホテルで祝勝会で明日、関東こちらに帰って俺と対談か。

俺もその足でアメリカに発つ。


翌日、8/30。

 俺はテレビ局に入って由香さんとディレクターさんから説明を受ける。

「本当は生(放送)が良かったんだけどねー。武道館だったら盛り上がったろうなぁ。」


「すんません、これからアメリカに発つもんですから。」

「いやいやこちらにも事情があるんで収録で正解なんですよ。まぁ、いろいろと。ただ映像の差し替えが効かないもんでこちらがご用意した台本通りでお願いしますね。」


俺と亜美の対談は収録後、その27時から放送が決まっているそうだ。

「27時って、午前3時ですね。真夜中なんですね。」

誰も見んやろそんなもん。


由香さんも苦笑する。

「そうね。でも『愛の地球テレビ』だからいつもより視聴者は多いんじゃない?」

「は?」

このテレビ局が毎年夏の終わりにやってる例の24時間ぶっ続けのチャリティーバラエティーか。


「今回は『誓い、いちばん大切な約束』をテーマにしてるんでね。幼馴染みの二人が共に世界一になるという誓いを果たしたという熱いドラマをね、視聴者に送りたいんですよ。」

 なるほど。由香さんはその線で企画を推したのか。それにこの番組なら「錦ちゃん」のご威光はまだ十分にあるわな。そして過去映像やニュース映像を絡めるため、収録になったわけだ。


 メイクを終えてスタジオに入る。そこには亜美がいた。お、ナチュラル風メイクか。

「昨日はゴメン。いの一番におめでとうって言えなくてさ。」

「良いって。私も部屋に戻ったら12時てっぺん過ぎてたし。睡眠が大事だって私に教えてくれたの健じゃん。⋯⋯それよりもさ、なんか、この話すごく盛られてるよね。」


 台本によると小学校卒業の時に俺と亜美は青学と彩栄に分かれ、その時にお互いに「世界一」を目指そうと誓い合ったことになっていたのだ。似たことは中学生時代にあったけどな。まあドラマチックに構成するとそうなるわな。でも、俺には大切な用事がある。


「なぁ、亜美。収録終わったら聞いて欲しいことがあるんだけど。ちょっと時間ある?」

俺は亜美の方を見ずにまっすぐ前を向いたまま尋ねた。並んで出番を待っていたが偶然俺の左手が彼女の右手に触れる。


「へえ。ちょっとだけでいいの?」

「ごめん。表現が悪かった。大事な話があるのでお時間いただけますか?」

俺の言い訳がましい言葉に亜美は苦笑する。

「うん。いいよ、後でね。」


 ADさんが入るように合図を出す。スタッフさんたちの拍手と共に席に。司会は局の女子アナさん。由香さんはディレクターさんと一緒にこちらを見守っている。


 「金メダルおめでとうございます。これからの日本の野球界を背負うお二人にお越しいただきました。」


 俺たち二人の首にかかる金メダル。

もちろん、女子アナさんが気になるのは俺の首にかかっている方。金メダルトークから。

 どちらも台本に則ってはいるがいつもの掛け合いトーク。さすがにこう言うところはコンビワークの長さがモノを言う。相手の面白いエピソードを互いに知り尽くしているからこそだ。


「そういえば健ちゃんはカメラの前では金メダルを噛まないそうですが、なにかこだわりがあるんですか?」

 置いてかれ気味の女子アナさんの多少悪意がこもった質問。台本外してきたな。プロ根性が丸出しである。


「いや、これを噛みたいという幼馴染みがいまして、その約束を守ってただけですけど。な?」

俺が振ると亜美が笑った。

「そだった!私、予約してたのすっかり忘れてた!じゃあ、クロスで噛みあいっ子にしようか?こんなメダルで宜しければ。」


「え?今からここでするの?ちょっとカメラさん!」

慌てて系列の新聞社のカメラさんを呼ぶ。由香さんまでカメラを構えている。

 

「はい、あーんしてみて。」

「あーん。」

バカップルがアイスを舐めさせ合うような構図。口に入る金属の感触。


「こちらに目線ください!噛んだままで!」

カメラさんの注文が飛んだ。




 

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