危機を脱する冴えたやり方?

「⋯⋯というわけで、しばらくの間沢村さわは合同練習にも試合にも参加できない。みんなでカバーして春の選抜を目指そう。」

監督の説明に部員たちは動揺の色を隠せなかった。山鹿さんたち黄金世代にまじってクリーンアップを組んで来た俺に対するチームの信頼は測りしれない。


俺も深々と頭を下げた。


胆沢は舌打ちすると「使えねぇやつ」と呟いた。うーん、胸糞。ここは主将キャプテンらしく「焦るなよ、待っているからな」くらいは言えんのか。


 俺無しで関東大会を戦うのは大変だろう。だが俺だって自分のことで手一杯だった。


 ただ、この学校は科学的な裏づけによるトレーニングで選手育成を目的とした学校であり、すでに「クラムジー」グループがあるのだ。俺と同じ症状に苦しむ他の部の選手たちに混じって基本的なトレーニングに専念することになった。同じ境遇にある仲間との交流は支えになった。


 ただトレーニングルームからグラウンドが見え、部員たちが野球をやっている姿を見るのは辛かったし、体調不良も辛かった。身長を伸ばすために色々頑張って来たことがここまで裏目に出てしまうとは。


 秋季大会。青学は敗者復活戦コンソルーションでなんとか出場権を確保できたが俺が間に合うかどうか。いや、夏の選手権すら間に合わないのではないか。焦りと不安に襲われる。


 先輩たちも力になってくれた。一番親身になってくれたのが能登間さんだ。実は能登間さんはご両親が音楽家で先輩自身も学生のピアノコンクールの受賞者の常連という変わり種だった。


 彼はピアノのレッスンを受けるよう勧めてくれたのだ。投手としては指先を鍛えるのも悪くないという理由だったが、おそらくはなにか新しいことに挑戦することに集中すれば俺のストレスが軽減されるだろうという気遣いだったのだろう。


 無為ともいえる時間が過ぎ、すでに年末に差し掛かっていた。


 俺はその頃までにクラムジーの克服のため一つの仮説を立てていた。それはパソコンで課題のレポートをまとめている時だった。ウインドウを開き過ぎて画面がフリーズしたので再起動を選択した時にふと思ったのだ。


 俺の身体もフリーズしとるな。身体もパソコンみたいにいったん電源を落として再起動できんもんかな?


 脳の指令と身体の反応にズレがあるなら、一回切り離して再接続すれば元に戻るんじゃないか?


 俺の魔法に一つだけそれができるがある。俺は思い切ってケントに相談した。


「⋯⋯麻痺魔法パラライズを使うだって?」

俺の言葉にケントは驚きを隠さなかった。麻痺魔法は脳から神経を通って身体の各部に伝わる信号を遮断させることによって敵の動きを止める魔法だ。状態異常魔法デバッファーの一翼である。


 「健、あれはゲームに出てくるような単なる足止めとは違って危険だぞ。」

そう。誤って心臓や呼吸器への信号を遮断すれば死ぬ危険をはらんでいるからだ。それは一撃死魔法デスと呼ばれるが元は麻痺魔法の特化系なのである。

あるいは視神経への信号を遮断すれば盲目魔法ブラインドになる。取り扱い注意なのだ。


「だからケントの立ち会いの下でやりたいんだ。」

俺の訴えにしばらく考えるとようやく同意してくれた。麻痺魔法なんて異世界で魔物相手に使った以外は小さい頃虫に使ったくらいだ。


 範囲や深度を限定しながらやることにしたのだ。左腕だけ左足だけといった具合に時間をかけ丁寧に麻痺をかけ、解除魔法デスペルをかけていく。かつて保育園で睡眠魔法スリープの実証実験を重ねて危険なレベルを把握できたのがよかったともいえる。


 神経が再接続されるたび、身体の情報が脳内で更新されていくのか徐々に違和感が消えていった。週に一度、8週ほどかけて施術を繰り返した。すると、感じていた痛みや違和感がなくなったのである。


「健、これは新発見だね。」

 ケントは喜ぶ。クラムジー症候群は特に野球よりもサッカーやバスケットのような跳躍を伴う球技の競技者に見られることが多いからだ。こどもの頃に天才性を発揮するもののこのクラムジー症候群で挫折してしまう子供も多いと言われている。そんな境遇の子供たちの助けになれたら⋯⋯。

「これは銭になる!スペインやドイツのフットボールのビッグクラブなら簡単に1000万ドルくらいは払うだろう。」


 金目かーい!ああ、でもしょうがない。俺との約束のためにこんな金食い虫の学校まで作ってしまったケント。少しは恩返しができたはずだ。




 

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