予備日と甲子園と特守と。

 目が覚めたら既に昼を過ぎていた。とりあえずテレビをつける。しまった。今日は甲子園で青学の準決勝をやっているはず。目覚ましをかけるのをすっかり忘れてしまっていた。


 ちなみに北京では日本の公共放送はそのまま視聴できるのだ。ただし中国政府に都合の悪いニュースの時は画面が暗転ブラックアウトするけどね。


 すでに青学の第一試合は終わっていて続く大阪の理想舎高校の第二試合になっていた。エース藤村が投げてるのはどうでもよく、試合結果が書いてあるスコアボードが画面に映り込むのを待つ。


 あ、負けたのか。小さく青学2、水鏡3となっていた。対戦相手は春の決勝で戦った福岡の水鏡高校。世代No.1右腕の中西に屈してしまったということか。


 はぁ。大きくため息を吐いてベッドにもう一度横になる。うわぁ、なんか知らんが涙出る。1年生の時の甲子園での敗戦を聞いた時よりももっと大きな罪悪感と喪失感。「俺さえいれば」という想い。そしてその考えは傲慢だと自戒する思い。人生は残酷だが一つしか選ぶことはできない。


 ただ、相手が中西なら負けてもしょうがないか、という諦めもある。中西だって三度目の挑戦でようやくウチに勝ったわけだから。


 散々泣いてお腹が減り、部屋にルームサービスを取ろうとも思ったがレストランで食べることにした。まあ食中毒対策でホテル外のレストランでの外食は原則禁止なのでしょうがない。


 シャワーを浴び、記者さんたちと鉢合わせても恥ずかしくない程度の身支度でレストランへ。


 そこには何人か選手たちと記者さんたちもいて食事なんだかお茶なんだかくつろいでいる感じ。そこに手招きされる。谷野さんとか因幡さんとか宮元さんとか前世の俺と同世代のベテランばかり。違う意味で話が合いそうで困る。


「健ちゃん、母校負けちゃったね。」

お気遣い痛みいります。

「あ、はい。見ました。」

「やっぱ甲子園はドラマだねぇ。この大会一番の名勝負じゃね。」

「どうですかね。今やってる藤村が勝てば決勝が文字通りNo.1投手の決定戦だと思いますけど。もっと盛り上がるんじゃないですか。」


記者さんも口を挟む。

「いやいや、準決勝で健ちゃん対中西。決勝で健ちゃん対藤村が実現したら高野連もウハウハだったのにね。」

「高野連じゃなくて新聞社ブンヤが、だろ。主語間違ってんぞ。」

宮元さんがツッコんだ。


俺が頼んだあんかけかた焼きそば来た。

「そういや左藤、どうも肩痛らしいぞ。打撃に支障はないらしいが守備は難しいらしい。」

 やっぱりか。てか新聞記者さんのいるところで言ったら不味くないですか?

「大丈夫だよ。まさか日本人が敵に有利な情報を流すような売国行為なんかしないでしょう。」

 するんだなぁ、これが。


「なんでも合宿中にやったらしいぞ。今まで騙し騙しやってきたんだろうな。⋯⋯打力はもったいないけどな。健ちゃん、外野出来る?」

「できますけど実戦ではだいぶご無沙汰ですね。抑え投手だったんで一塁手が多かったんですよ。」


「へえ、あ、そうだ。健ちゃん。韓国の新聞買ってきたよ。」

因幡さんにハングルでびっしりの新聞を渡される。そうだった。敬遠避けの防止策で「少し」煽ってみたんだっけ。よしよし、「魔改造」の結果とやらを見るか。


 紙面を広げた瞬間、俺は飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

「健ちゃん、韓国語も読めるのぉ?で、なんて書いてあったの?」

「はい。⋯⋯『18小僧。大韓35年強占宣言!韓国民は俺の足をなめる犬、と妄言』だそうです。」


「なんか凄そうな見出しだな。どんな意味?」

18はシッパル、18歳の俺の年齢にかけて英語の「F●ck you」に当たる言葉で俺を罵ってます。ちなみにイチさんの30年をもじったつもりが日本が韓国を併合統治(強占)していた「35年」にひっかけているところがさらに煽り度が高い。「改造」どころかもはや「でっち上げ」のレベル。


「健ちゃん。韓国にこれから30年は入国を拒否されそうだな。」

うん。

「でもとりあえず敬遠はされないでしょう。全部死球かもだけど。」

「まあ、行けなくて困る国でもないからヘーキヘーキ。」

確かに。困らないわな。


「だいたい俺の足を舐めろなんて一言も言ってねーし。」


そこに田縁さん登場。

「健ちゃん。外野守備のテストするから、付き合ってや。すぐ着替えといで。」

マジかよ。俺の「予備日(休日)」が終わった瞬間であった。


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