「恥ずかしながら帰ってまいりました」
「3番ピッチャー沢村。背番号33。」
左ボックスに入ると3塁側の東運の応援団の応援が目に入る。今日は親父が一人で応援に来るって言ってたっけな。
おっと、相手投手も闘志満々だな。力んでいるのか球が高めだ。高校生になめられたくはないだろうな。2B1Sのヒッティングカウント。カクテル光線ってけっこうまぶしいな。と思ってるうちに来た球はインハイ。自然にバットがでる。身体をねじり、その力をバットの一点に集中させ、ボールをとらえたら振り抜く。打球はレフトスタンド上段へ。渾身の2点本塁打。マスガのお姉さんから渡されたクマさんのぬいぐるみを投げ込んだ。
これで8対7。あと1点。これぞまさに「助っ人」の仕事。あとはがんばれ。ただし2死無走者。打者は大窪さん。マスガのお姉さんの腕の中でクマのぬいぐるみがしめつけられていた。
1B1Sからの3球目、快音とともに放たれた打球は大きな
これで俺の「助っ人」生活が終わったのだ。たった1ヶ月くらいの出来事だが、ずいぶんと濃密だった。ただ、甲子園での敗戦ほどの
試合後に整列して礼をし健闘を称えあう。3位決定戦はないので3位の証、「黄獅子旗」を授与される。
バスで東運球場まで戻り、
ベストナインにあたる大会優秀選手に投手の増田さん、三塁手の小清水さん、外野手の大窪さん、そして指名打者として俺が選出された。(ベストナインと言っても一つのポジションから複数選ばれることが多い)。しかも決勝戦の内容次第では大窪さんが首位打者賞も受賞しそうだ。
表彰式。このユニフォームを着るのも最後か。2着あったけど1着記念にくれるんだそう。もう1着は会社に保管され、俺が「ビッグ」になった時に利用できるようにするらしい。俺次第でゴミにもお宝にもなるわけね。
「彼女とはうまくいったんですか?」
会長の長いあいさつにあくびを噛み殺しながら大窪さんに尋ねると親指をたてた。それはそれは。おめでとうございます。
表彰式には家族の他、父方母方の祖父母も来てくれていて、終わったあとはかなりにぎやかだった。これはいつぞやの焼肉リベンジ?
あとはユカさんに今度の日曜に流す俺の特集の出来上がった映像を見せてもらった。すげえ、さすがプロの仕事。ただ気になるのが……。
「あのぅ。この 『両利き王子』ってなんですか?」
「これいいと思わない?今、『ハンカチ王子』で王子ブームが来てるのよ。気に入らなくてもダメよ。この『王子』路線で企画が通ったんだからね。」
うわぁ絶対に伊波さんにいじられるぅ!王子はやめてぇ!
「あと、ご両親にお借りしてたビデオテープ返しておくわね。」
あ、懐かしい。おれがリトルにいたころの『ミニゴジラ』のやつだ。
「ねぇ、このビデオに出てくる亜美ちゃんて日本代表のアミティー?」
「アミティ?」
そんな
「そう、松崎亜美さん。」
「あ、はい。同じリトル出身ですが。」
当時は顔黒王と書いて「しげる」と呼ばれていたのは内緒だ。
「そう。」
その「そう」という言い方が妙に嬉しそうで、そしていやに意味深そうなのが気にかかった。
翌日から学校。ついに野球部に復帰である。正式には高野連に届け出が受理されたらだけどね。
ただ、まだ顔を合わせるのがなんとなく気まずいんだよね。
「恥ずかしながら帰ってまいりました」じゃ昭和過ぎるな……。もっとましなことを考えるんだ、中の人。
やべえ、すごい不安になってきた。心臓がどきどきする。逃げたくなってきた。
「失礼します。」
引き戸をすべらすと中にはみんながいた。
ホワイトボードにはでかでかと「おかえりなさい」の文字が。
「よお、待ってたぜ。でかくなって帰ってきやがって。」
「やっと帰って来やがって。俺の甲子園5連覇計画、どうしてくれんだよ。」
「誰ももうお前を怒ったり恨んだりしてないから安心しろ。」
「俺もだいぶエロ
「おかえり。みんなお前のこと待っていた。これからまた同じチームだ。」
最後はもう涙で顔がぐちゃぐちゃになって言葉になってなかった。中等部の後輩や同級生たちにも囲まれる。ここが、俺の居場所なんだ。
「
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