夢の舞台へ。

 「そう言えばお前、甲子園を『夢の舞台』とか言ってたな。」

山鹿さんが不意に尋ねる。


 8月8日に始まった全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)。伊波さんのクジ運が良すぎて我が青学の登場は8月14日の2回戦。それまではまた近くの高校の施設をお借りしての練習だった。甲子園練習が6日だったから、現地入りして1週間も間隔が空いてしまう計算だ。さすがに日中の練習は暑いので早朝と夕方に分けてやっている。そんな最中の話。


 俺はスポーツドリンクから口を離す。

「ああ、そうですね。なんかヘンでしたかね?」


「いや、俺からすればお前はいろんな大会でやって来たのに、甲子園が夢というのも面白いなってな。」

山鹿さんもそう言ってからもう一口飲料を飲む。

「だって甲子園だけは高校生の時しか来られないじゃないですか。それに先輩たちとどうしても一緒に夏の甲子園に行きたかったんですよ。」

「おだてても何も出ねえぞ。」

「おだて」でもなんでもない。中等部から五年、この先輩たちと共にやって来た。その背中を追い、そして俺も背中を押してもらって来た。


 前世の記憶が蘇る。しがない公立高校の一補欠部員だった。野球の「センス」に自信はあったが不幸な事件で翼はもがれ、鬱々と野球にしがみついていた。


 だからこそ、二度目の人生は悔いが無いようにやって来たつもりだ。でも、野球は「チームスポーツ」だ。優秀な才能があっても、活かし合う環境と仲間がいなければ決してそれを発揮できない。そして、それを全て与えてくれたのはケントが作った学校とそこに集った先輩たちだった。


 それに感謝を表すために俺は全力を尽くす。


8月14日の第二試合、49代表の中で最後の登場だ。第一試合が延長13回までもつれたため、少し開始時間が遅れる。


 2回戦の相手はお隣の群馬県代表の前橋経済科高である。比較的近隣の強豪校でありよく練習試合で行き来する相手だ。経済科高ビジネスハイスクールなので「前ビ」と略する。


 投手は右腕の国定雄治くにさだゆうじさんと、いつもは左翼手レフトに入る左腕の木下和美きのしたかずみさんである。


 「お互い良く知りすぎてやり辛えなぁ。」

伊波さんがぼやいた。


 正直言って国定さんは掴みどころの無い投手だ。速球派で150km/hくらいの直球とチェンジアップを活かした良い投手。点を取られても大崩れしないタイプだ。


 初回、伊波さんはど真ん中を打ち損じてレフトフライ。能登間さんは速球を叩いて三遊間で出塁。俺四球で二塁一塁。ここで投手交代。木下さんと入れ変わる。山鹿さんと左対左。山鹿さんの苦手なタイプの左サイドスローだ。うん、よく研究されてるね。敢えなく併殺打。


 こちらはエース中里さん。堂々のピッチングでランナー一人出したものの無失点。お互いにデータが揃っている同士の対決だけあって見事に投手戦の模様だ。


 4回の2巡目。伊波さん三振。能登間さん安打。俺四球。再び木下さんにスイッチ。山鹿さん外野フライ。ここで住居さん。国定さんの外角の難しい球を見事なバットコントロールでレフトオーバーの2塁打で2点先制。


 誰かがダメでも別のヒーローが現れるのが強いチームの証。しかし5回、中里さんも1失点。暑さで緩んだ一瞬の隙を突かれた感じ。気温のちょうどいい春と違って、暑さとの闘いも夏の見どころ。いや、健康上危険だからなんとかならんのか。これで2対1。だんだんと気温も上がっていく。


 6回、3巡目に入る。伊波さん、逆球に入ったボール球を綺麗なセンター返し。能登間さん三塁強襲の内野安打で今日早くも三安打。そう言えば俺と勝負しようとしないのは俺に関するデータが少ないからでは。ならば罠を張ってみるか。


 俺はボール球にわざと手を出して2Sと追い込まれて見せる。さあ、色気を出してこい。山鹿さんを抑えてもその後ろの住居さんには回したくなかろう。


 速球を外してからの4球目。注文通りのチェンジアップ。しっかりと引きつけて、打つ。


 打球は放物線を描いてスタンドへ。大会10号本塁打は3ラン。

ただ、次は山鹿さんのため再び投手交代。ここで一息つけると思っただろう。しかし、なんと山鹿さんも本塁打。


 「いや、全く打てる気がしなかったから目を瞑って振ったら当たったよ。まあ金属バットだから入ったんだけどね。」

と頭をかいた。大会11号ソロ。


 ワンポイントが失敗に終わったものの国定さんは立ち直る。だがこの4失点が致命傷になり9回は胆沢がリリーフ。3人できっちりと抑えて6対1で勝利をおさめた。


 「交流が深い相手だったので苦戦しましたね。」

という監督の談だったが最後は地力の差、ということだったのだろう。



 





 


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