怪物とか魔物とかが住む甲子園。

「甲子園の魔物」。「甲子園の怪物」。甲子園と異世界の共通点かもしれんな。


俺たちは三試合で33イニングスをたった一人で投げ切った手負いの怪物に9者連続三振を喫した。


 「切り込み隊長」伊波さんの2巡目の打席。1B2Sに追い込まれた伊波さん。フォークカモーンと要求してるよ。落差60cmくらいあるんじゃね、ってフォークボールを打ち抜いた。ギリギリレフトスタンドのソロ本塁打(大会21号)で同点に追いつく。


 さすがの「悪球打ち」。全く力みのないスムースでシャープなスイング。なぜかど真ん中の時は身体全身に力みが入るんだけどそれさえなければねえ。


 ただ、中西も「悪球打ち」を知った上で投げたらしく素直に帽子を取って「敬礼」の仕草を見せた。こういう大物の精神的構造が理解できないのは俺が「天才」ではないからだ。


 能登間さんもヒッティングを諦めたらしく綺麗に三塁線に転がしてセーフティバントで出塁。ここは畳みかけなければならない場面だ。俺は魔法を集中してかける。


 「金属」の山鹿さんより「木製」の俺との勝負を選ぶはず。決め球はフォークで来るのか、臭わせての他の変化球か。向こうの選択肢は多いが、俺の選択肢は一つしかない。初球の抉るような内角へのストレート。中西は右腕だが打席は左。ようは左打者の嫌な攻め方を自分自身で体得しているはずだ。


 手元リリースポイントは見やすいがクロスファイアぎみにえぐってくるボールは怖い。だからこそ縮こまってはいけない。体表硬化をかければたとえ当たっても痛くない。


 ランナーを背負っているのにワインドアップ。そして、能登間さんも走らない。手元はストレート。目線を切って手元に移す。来た。内角。しっかりと踏み込んで芯にぶつける。木製バットの良い音を残して打球はライト方向へ。切れるかな。切れんなよ。ポール際、ギリギリ切れずにスタンドイン。大会22号2ラン。


 流石に疲れは隠せないのだろう。今度は実に忌々しそうな表情かおをしていた。これで3対1。


 流石に三振でこちらを捩じ伏せに来たピッチングを諦めたのか、打たせて取るピッチングに変えて来た。その配球にまた翻弄され後が続かず。


 6回に1点を返されて3対2。凪沢はマウンドを胆沢に譲った。

「お疲れ。」

と声をかける。凪沢はアイシングしながら

「夏はしんどいなぁ。俺たちまだ15回しかやってないのに向こうはもう40回だぜ。タフ過ぎるやろ。」

とこぼした。


「まあ埼玉の夏の方が暑いからな。暑さだけなら九州沖縄より上だ。悲観すんなよ。」

確かに中西は俺たちと同じ二年。次の春、夏と俺たちの世代の最大のライバルの一人には違いない。


 胆沢は2回目のリリーフ。もちろん危なくなったら俺にお呼びがかかるはずだ。

さらに速球派がリリーフに来て向こうは向こうでこちらを「羨ましそう」に睨んでくる。そうだろう。こちらだって優秀な投手陣を時間をかけて育成してんだから。日本式の投手を消耗品のようの使い潰す方式で生き残ったやつだけ使うというただれた古いやり方はしないだけ。


 3対2のまま行くかと思いきや、9回表、胆沢が捉まる。先頭打者二番の捕手大池のセーフティバント、三番才蔵さんが送り四番中西。山鹿さんの敬遠のサインに胆沢は首を横に振る。どうした胆沢?そこは意地を張っている場面じゃないだろ。しかし構えたところに投げようとはせず。


 試合を遅延させるわけにもいかず、勝負。1B2Sからのスライダーを中西に打たれ、同点。なおランナー2塁。ここで俺にお呼びがかかる。胆沢は下げられ、一塁に安武トラが起用された。敬遠は監督の指示なのだから反抗した上結果が悪ければ仕方がない。そう言えば俺、甲子園、いや17歳初登板だ。17歳と言えば、某人気声優がこだわった年齢だっけ。俺も実は17歳と7300日くらいなんだけどね。


 5番横田さん、6番勝俣さんを連続三振にとる。バックスピンと全く違うジャイロのタイミングのストレートを空振りして首を傾げていた。


 9回裏、打順は俺からだ。なんとか塁に出てサヨナラを目指す。中西のやつ、いい笑顔を浮かべる。疲れがピークなのかもしれん。すでに彼の投球は42イニングス目に突入している。

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