中学最初の夏。いきなり1軍に下克上!

 ジュニアをパートナーにトレーニングを始めた俺は確実な手ごたえを感じていた。

やはりステータス表示は便利だな。日々変化する数値に一喜一憂するなとケントから釘をさされてはいたが、こいつは面白い。


 トレーニング自体はきついが成果が目に見えてわかるというのはやる気をおこさせるのだ。それは野球の練習にもつながっていく。


 青学野球部は高等部、中等部の2層構造になっているのだ。そして「硬式野球」。


 一般に中学校の野球部はいわゆる「軟式野球部」であるため、青学は部活の県中連大会、全中連大会に参加できないのである。だから近隣の中学校と練習試合も組めない。


 その代わりリトルシニアリーグに所属してる。シニアは地方独自の大会も多く、それに積極的に参加したり練習試合を組むことで3学年合わせて60名を超える部員の出場試合を確保しているのだ。


 そして1年生部員のほとんどは小学生時に在籍していたリトルリーグの最後の夏の大会までそちらの練習や試合に参加するのだ。だから「ミニゴジラ」の通称を取る俺が1年ながら「リトルシニア」の夏の予選メンバーに抜擢された時、皆驚きを隠さなかった。


「ええんか沢村?最後の夏は。『ミニゴラ』が出んかったらファンが悲しむで。」

 先輩たちに心配されて俺は苦笑交じりに頭をかく。「ゴリラ」やのうて「ゴジラ」ですわ。そしてテレビに影響された怪しげな関西弁はやめてんか……ください。


「いや、もうリトルじゃ無双しすぎがたたって、バッテリーに勝負あいてしてもらえないんですよ。全打席申告四球とか、もうどうせいって感じです。」 

 それが俺が夏の大会をあきらめた原因だったのだ。俺が下級生のうちは上級生投手が面白がってえげつない球を放りこんでくれたのだが、自分が上級生になったころには「畏怖いふの念」の対象でしかない。

 だからすぐに監督からリトルに出ないならリトルシニアの1軍トップチームに帯同を求められたのだ。


「まあ逃げる投手ピッチャーの気持ちもわかるわー。ちなみに俺もおととしにお前にホームラン打たれたことあるぞ。おかげで天狗になってた鼻をへし折られて成長させていただきましたけどな。お礼に一発殴って差し上げたいくらい感謝してまっせ。」

 無論、冗談である。野球部に所属する生徒のほとんどがリトルリーグで投手経験者だ。リトルでは素質の高い選手が投手を務めるからこうなる。しかも全国大会経験者も少なくない。


「殴るのは勘弁してください。お、親父にだってなぐられたことないんですから。」

「?」

……あれ、滑ったぞ。ガンダム(初代ファースト)ネタをやれというフリじゃなかったのか。前世の昭和生まれの世代には鉄板でもやっぱり中の人は年の差を感じるな。


「悪いと思うならその代わり内進しろよ。お前がいてくれたら俺が甲子園行けそうな気がするわ。」

この学校は選手の育成に定評があるため、中等部から高等部に内部進学(内進)せずに強豪校に引き抜かれてしまうケースも多い。そのため、なかなか甲子園まであと一歩手が届かない状況が続いていた。その代わり高等部へ他の中学から進学してくる生徒も多いのだ。


 リトルシニアも高校野球と同じく夏に「日本選手権」、春に「選抜大会」という全国大会がある。その予選となるのが5月から始まる関東連盟夏季大会だ。


 関東連盟は関東の一都六県と山梨県、静岡県の200を超えるチームからなる。トーナメント戦で16強まで行けばそのうち12チームが7月に神宮球場を中心に行われる選手権へ出場できる。


 簡単そうに聞こえるが最低ベスト16に入らなければならない。そしてベスト8にはいるか、入れなかった8チームで争う敗者復活戦で勝てば全国へ行けるのだ。


 俺が初めての出番は4回戦だった。1回戦はシードで免除。2、3回戦は圧勝で出番無し。

「沢村、代打だ。行ってこい。」

 最終回7回表、3対2でリードしていて2アウト2塁。もう一点欲しいのと、救援投手リリーフを出すついでにこれまで投げていた投手の代打に送り出されたのだ。これは俺に対する試験テストである。


「一年坊!来るとこ間違ってんぞ!迷子か?」

まだヤジが禁止されていない時代。身長がまだ160cmくらいの俺に容赦なく浴びせられる。プレッシャーを与えるつもりの野次だろうが緊張感が逆にほぐれる。そうだ、俺はここでは王者ではなく挑戦者チャレンジャーなのだ。


 


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