負けるということ
俺は監督とエースの
「
「はい。」
俺を中1の夏のシニアの選手権大会で
「人生は長い。誰もが全戦全勝のまま一生過ごすことはできないよ。」
「そうですね。」
完全トーナメントだからこそ4000の参加校で一度も負けないのは、たった一つの高校だけなのだ。
「でも人生はトーナメント制じゃないからな。敗者復活戦が必ず存在する。もちろん、頂点を極めることは難しいだろうが、そんな風景を拝めるのは極一部の『選ばれた人間』だけだよ。」
「そうですね。ローマの剣闘士と違って、試合に負けたら人生が終わるというわけではないですからね。」
「へえ、難しいの知ってるね。」
名門産業クラブチームだからこそ、甲子園経験者もたくさんいるし、優勝を経験したものもいる。だからといって全員がプロ野球のドラフト候補というわけでもない。甲子園経験者でもプロに入った仲間を見送る存在だっただろう。甲子園も遠いがプロの道は本来はさらに遠いのだ。
「よく、『努力は必ず報われる』っていうけどね。それは自分が望んだすべてのものを得られるという意味じゃない。甲子園は努力だけでは行けない。運がないと行けないんだ。それはもうキミも十分わかっているとは思うけどね。」
思わず俺は苦笑する。そう、レギュラークラスの実力を持ちながら謹慎のためにチャンスを逃した俺。そこにずっと黙っていた大窪さんが初めて口を開いた。
「甲子園に行ったってプロになれるわけじゃないぞ。」
「そうだな。
すごい球放ってたよな。」
へえ、この人元
「夏はベスト8だったけどな。ドラフトにはかからなかったよ。結局、大学で肩を壊して野手になったけどな。」
監督さんが話を戻す。
「要はプロになれなかったとしても、『ちゃんとした人間』を作り上げるという点で努力が報われないことは絶対にないってことだよ。
甲子園なんて先輩たちの人生の通過点に過ぎない。なにしろまだ2回もいけるチャンスは残っているんだ。だからキミはここでめいっぱい学びなさい。それが野球部に復帰した時に先輩たちの力になるだろうから。」
「はい。頑張ります。」
きっとこれが大人の世界なんだろう。
ただ、今回の
三塁コーチを担当する3年生の先輩に押し出される形になったのだ。その先輩は打撃も守備も胆沢には劣るが誰よりも練習にひたむきで、判断が的確で大きな声が出せる先輩だった。そう、まるで前世の俺とよく似た存在。
俺がそれを知ったのは例によって胆沢の親父さんが息子がベンチから外されたことで監督に延々と抗議したことが地元のリトルの父母会で話題になったからだ。
その恨みが発動したのかもしれない。もちろん、ボールが転がれば何がおこるかわからないのが高校野球の世界だ。すべての元凶をヤツに求めるのも酷なことだが。
考えてみればプロ野球は勝敗数で決めるリーグ戦。その最高峰の日本シリーズでさえ3回負けられる。社会人野球も予選には敗者復活戦がある。そしてなぜか日本の高校野球だけが一度負けたらすべてが終わる残酷な世界。観ている側はそこのドラマ性を見出して歓喜と興奮と感動を覚えるのだろうが、当事者にとってはシャレにならない現実なのだ。
「いずれにしても、早く大人になって酒でも飲めば気が楽になれればいいな、健ちゃん。」
増田さんたちによると、俺が泣いたのに気づいてやっと俺が普通の「子ども」だと思ったそうだ。そしてそれが彼らの中にあった心の障壁を少し溶かしたといえるかもしれない。ただ俺の涙腺が弱いのは「子ども」だからではなく、中の人が年を取ったせいなのだが。
甲子園の決勝は北海道の道元大苫小牧と西東京の早生田実業が延長15回まで1対1で譲らず37年ぶりの引き分け再試合となり、4対3で早生田実業が優勝する。その優勝投手こそが「ハンカチ王子」こと
まさか、俺もそれに巻き込まれることになるとは……。
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