彼女のケジメと俺のけじめ。

「転生の間⋯⋯か。」

 ゆっくりとあたりを見渡す。隣には亜美もいた。恐らくは俺の意識を通じて亜美もここに来れたということか。


「ここに来たいと望んだのはあなたの方ですね?」

女神が亜美に向かって語りかける。


「記憶に⋯⋯ある。」

亜美が呟いた。


「そうでしょうね。あなたは元々、この勇者のパートナーであった松崎亜美の魂の容れ物いれものとして用意されていたからです。」


亜美は思い詰めたような顔をしていたが、やがて絞り出すように声を出した。

「つまり私は、今の私は偽物ということでしょうか?私はあなたや健によって作られた『都合の良い存在』ということでしょうか?私の気持ちはあなたたちによって操作されたもので本物ではない、ということなんでしょうか?


だって、愛されているのは私じゃなくて、私に似た別の誰かじゃないですか?」


 それは違う、と俺が口を開きかけた時、女神は亜美を抱きしめた。


「⋯⋯そんなことはありませんよ、亜美。あなたはあなたです。あなたと別の世界の亜美は共鳴し合う魂なのです。一つの魂から別れた別々のカケラの一つ同士なのです。同じ感性を持つからこそあなたと健が愛し合うのはごく自然なことなのです。もちろん、あなたが望むなら別の選択も可能です。健もあなたの選択を尊重するでしょう。」


 女神の言葉に亜美は黙り込んだ。女神は亜美を離すとその目を見ながら言った。

「そんなに思い詰めないで。彼を受け入れるかどうかはあなた自身で決めていいんですよ。これはあなたの人生ですから。あなたは人形でもなんでもない、一個の存在なのです。それは、あなたが野球で実証しています。あちらの亜美はただのマネージャーでしたが、あなたは国を代表するプレイヤーです。それはあなたが自分の努力で勝ち取ったものです。


 ⋯⋯でも、もし彼を受け入れてくれるのなら、私は異世界の亜美に授けた彼女の『力』を差し上げます。今、それを一時的にあなたに預けましょう。全てを受け入れるか、あるいは拒むかはあなたご自身で決めてください。約束の日までにね。」


 いつの間にか霧に包まれ、あたりが真っ白になったかと思うと夢から覚めていた。彼女は彼女なりに考えたり悩んでいたりしたのだろう。俺からすれば馬鹿げた話だ。⋯⋯いや、考えてみれば当然の懸念か。


 ホテルから出て外のカフェで朝食を摂る。俺も亜美もほぼ無言で由香さんが一人に喋らせてしまった。


 ロスからは亜美と由香さんと別れてそれぞれの便で帰国することに。

「じゃあ。」

そっけなく去ろうとする亜美の後ろ姿に俺は声をかけた。

「俺には今の亜美だけだから。」


亜美は振り返らず手を挙げただけだった。


 ケントから連絡があり、成田まで野球部長の山本先生が迎えに来るので待ち合わせて一緒に帰って来るようにという指示があった。


 成田に着くと規制線が張られ物々しい雰囲気と大勢の報道陣がいた。おぉ、同じ便に芸能人でもいたのかなぁ。俺がキョロキョロと見回してしまうと山本先生が手を振ってやってきた。


「健、お前、今世間がエライことになってるぞ。」

⋯⋯?

「こっちから帰るぞ。」

俺が山本先生について規制線で区切られた通路を通ると先程の報道陣がいたぞ、とか大声をあげ、こちらに突進してきた。いや、俺?


 大勢の大人に囲まれて矢継ぎ早にさまざまな質問が飛び、フラッシュがたかれる。「沢村くん」と俺の名を呼ぶ以外は聞き取りずらい。

「明日、当校で会見を開きますので今日は勘弁してください。」

先生はそう言いながら俺を芸能人が通るようなルートへ連れて行く。あちゃー、なんかエライことになってるね。


 電車で帰るつもりがタクシーかぁ。学校へ戻る道中、俺はドラフト一報後の動向と騒動を聞かされた。


 まず俺は渡米した日に退部したことになっていたのだ。もちろん、退部届はメジャーのドラフトにかかった時用に予め書いておいたものだったが。

「高野連がカンカンに怒ってるわ。」


 まぁそうだよね。アメリカの学校と「二重校籍」だった上で卒業してドラフトだもんな。そして、甲子園に出れば間違いなく看板選手の一人。そして、スポーツ紙をいくつか渡される。ワオ、他のプロスポーツを差し置いてほぼ一面じゃん。


「でも『全体1位』が効いてるよ。非難というよりお祝いムードの方が強いかもな。⋯⋯だが、記者会見はやってもらうよ。」


そういやレイザースがなんで俺を指名したか読んだのは初めてだった。

GM氏は「地元の高校生だったこともあり、スカウトに強く推されて観に行った。初めて見たときから彼しかいないと決めていた。一目惚れです。」

だってさ。






 

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