ひと皮剝けてみました。

 冬休みが終わると俺は監督のもとに向かった。監督室を開けるとそこにはなぜか中里先輩がいた。俺が「おはようございます」と頭をさげると

「新年最初だ。『おめでとう』だろ?」

と返される。慌てて新年のあいさつ。用件を問われ、ケントがくれた診断書を渡して部活に復帰できることを報告した。


「そいつは新年早々めでたいことだな。今日の合練から復帰か?中里ダイチがジュニアトレーナーの資格を取ったんで実習に入るんだ。お前も見てもらえ。」


 ジュニアトレーナーは校内資格だ。選手は中等部リトルシニアを卒団すると野球理論講座を受ける。そして監督やコーチの指導のもとで後輩たちにアドバイスする役割も果たすようになるのだ。


「他人を教えることが自分を教えることにつながる」というのが理事長のケントの持論だそうだ。だから限られた人数の指導スタッフの目につかないところをすくい上げる役割を担う。


 「おまえクラムジーだったんだって?みんな心配してたぞ。」

先輩は部室で着替えながら言う。先輩も不慮の事故でチームを離れなければならなかったので人一倍心配してくれたのだろう。また、事故で時間ができたため、ジュニアトレーナーの資格を前倒しで取得したようだ。


 「まあ、山鹿タクもすぐ取れそうなんだけどな。あいつはお前と一緒で『本の虫』だし。」

俺は理事長ケント先生の「新技術」で完治したことを告げる。中里先輩ダイチさんはいたく感心したようだ。


「すごいな。まあそのおかげでこの学校は設備が充実しているんだけどね。」

この学校に対する「寄付金」でアメリカの大学並みに資金が潤沢なのだそうだ。ケントの治療を受けたプロ選手が支払う報酬の一部は青学への「寄付」という形をとる。それによって互いに税金面での恩恵もあるからだ。


 新年初めての合同練習が始まっていた。まだ寒いのでグラウンドではなく室内練習場である。


 俺と先輩が到着すると一端練習が中断されみなが集められる。

「今日から沢村サワが復帰する。これで選抜連覇に青信号がともった。みんなで力と心を一つにしてがんばろう。」


 同輩や後輩たちが温かく迎えてくれてつい涙ぐんでしまう。通算30歳オーバーの「中の人」は中学生より涙もろいのだ。俺と中里先輩ダイチさんはウオームアップをしてから合流した。


 ブルペンでは胆沢と凪沢が投球ピッチングをコーチに見てもらっていた。二人ともしっかりと身体を作っていて中学生とはとても思えない佇まいを見せていた。

沢村サワお帰り!」

 凪沢が迎えてくれた。中里先輩ダイチさんが投球指導が始まる。最初に彼がピッチングを見せてくれた。


 流れるように美しいフォームのアンダースローは健在だった。アンダースロー投手はジャイロボーラーが多く先輩も例外ではない。手元で微妙に変化する球。しかもコントロールも精緻せいちで変化球の種類も多種多様だ。


 凪沢なぎがピッチングを見てもらう。もともと中里先輩ダイチさんに憧れて同じリトルから青学に進んだだけはあってうれしそうだ。

凪沢ナギ、変化球で曲げようという意識をだすな。微妙に腕の振りおかしくなる。故障ケガの原因になるぞ。直球ストレートと同じに見せるという意識を持て。曲げようではなく結果として曲がるでいい。」

「はい!」


 そうなんだよね。変化の肝は「指先リリースポイント」にアリ、ですよ。

俺は二人を横目にゆったりとしたフォームから7割の力でボールを投げる。野球ができるって幸せだなぁ。


沢村サワ、あったまったろ?3球ほどしっかりと投げてみろ。」

中里先輩は正捕手の祐天寺ゆうてんじを座らせるとリクエストした。俺は通常の直球バックスピンストレートを魔法の命中率アップで精密コントロールすることによって、本来コントロールを意識せずに投げてコントロールできてしまうという投法だ。


 「相変わらずえぐいな、140km/h超をコースに投げ分けるか。中学生でも打てるのは一握りだな。変化球もいけるか?」

俺の変化球は2つ直球なみの速度でグンと下に沈むように見える「4シームジャイロ」と逆に速度は遅いが浮き上がって見える「2シームジャイロ」だ。


 なんかピアノのおかげなのか、指先に眼でもついているんじゃないかというような感覚だ。俺は祐天寺が構えるミットめがけて4シームジャイロを投げ込んだ。

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