「俺なんかやっちゃいました?」と言うのはダメですよ。

「うわっ。」

祐天寺ゆうてんじが俺の投球たまに驚いてボールをはじいた。予測した軌道より鋭く落ちたせいだろう。

「正捕手がそれじゃ困るぞ!最低でも体に当てて前に落とせ。」

「すみません。前の時より落差がでかかったんで。フォークかと思いましたよ。」


いや、今の俺なら「落差」も調整コントロールできるかも。明らかに「回転数スピン」のかかりがよくなっているのだ。


 「じゃあツーいきます!」

俺は握りをみせてから2シームジャイロを投げる。またもや祐天寺テンジのミットが上にボールをはじいた。

「浮くなぁ。前の時よりすげー浮いた!」

興奮気味の正捕手に先輩が怒る。

「だからって後ろに逸らすな!三振とっても振り逃げされるぞ。」

「すみません!」


 帰り、カフェテリアで中里先輩ダイチさんにお茶をごちそうされる。


「お前、今回は何をやった?」

中里先輩ダイチさんはどん欲だ。俺から聞き出してはストレッチや水泳をトレーニングに取り入れ自分を高めていく。俺の投球に自分のエースの座の「危機感」を感じたのだろうか。


 俺は真正直にピアノであると答えた。能登間先輩カズさんの勧めでピアノを始めたら指の可動域が広がってなおかつ指先の力加減のコントロールができるようになったと説明。あくまでも俺個人の「感想」で誰にでも効能が保証できないのですが。ただ彼の場合は効能がありそうな気がするのは事実だ。


 「そっか。それは一度試さんとな。カズに聞いてみるわ。」

真剣な眼差しだ。端正な顔立ちで女子からの人気も圧倒的な中里先輩。胆沢は自分の邪魔になるとライバルを「排除」しようとするが、彼はライバルのやり方すら取り入れてさらに「相剋」しようとする。


 ほんと、見習ってほしい。やつは今日も横目で俺の方を見ていた。きっと面白くなかったのだろう。「魔王の欠片カケラ」が発動しないように気をつけねば。

 

 打撃面でも復調が証明され、俺は晴れてチームへの復帰を果たした。「谷間世代」とはいえ先輩たちの「面汚し」になるわけにはいかないのだ。中等部の卒業式でその思いを噛みしめた。


 平成17年3月末。俺は1年ぶりに大阪にやってきた。到着当日は開会式だけで試合は明日からだ。


 前回優勝旗を取っているため、大阪ドームで行われた開会式で胆沢が優勝旗返還を行った。お、いっちょ前に緊張してやんの。開会式だけだから来ているのは応援の家族ぐらい。


 うちの家族に加えて今回は亜美が応援に来てくれた。恥ずかしいから同小の胆沢には見られたくないっぽい。開会式の後、食事を家族みんなでする。妹の美咲がなぜか亜美に懐いていた。


 「明日の試合は⋯⋯。」

と俺が切り出したところで美咲に

「明日は亜美ちゃんとUSJ行くんだぁ。」

と嬉しそうに報告されてしまった。あ、そうですか。俺の浮かべた「浮かない」表情を母親に見られてしまった。

「ごめんね。明日の試合、見に行かなくて。」

「あ、良いって。いつも美咲には俺のせいで我慢させてるところもあるし、気兼ねなく遊んできなよ。」


「そうだよ。パパも仕事と野球でいっつも留守だし。」

非難の矛先が突然向かってきた親父が慌てる。

「し、シーズンオフは遊びに行ったじゃないか。」

ああ、去年は俺のクラムジー騒動で家族に相当迷惑かけたんだっけ。


「ま、気にすんな。軽く準々くらいはいけるから。最初の2日くらい遊んで来なよ。」

「だよね!」

嬉しそうな美咲にこれ以上言うのはやめた。まあプロになったらたっぷりと恩返しするから今はもう少し我慢してくれよな。


 1回戦の相手は金沢市。東海連盟の代表だ。前回王者ということで意識はされているはずなのだがなんとなく舐められているのを感じた。

「去年は大物感オーラあったよなぁ。今回はいけんじゃない?」


 聞こえてる〜。でも否めないのがね。胆沢がカチンときたらしく突撃しそうになったので後輩たちに抑えさせる。早くその煽り耐性の無さをなんとかしろよな。考えてみれば前世の胆沢もそうだったっけ。


 対戦相手はあまり良く知らない相手だが一人だけ嫌に大きな選手がいた。日系ブラジル人らしい。「嫌に大きい」と言ってもいつも見慣れたジュニアとさほど変わらないので俺は圧を感じることはなかった。


 こちらの視線に気付いたのか睨みつけてきたので思わず目を逸らす。


 アキラ・ホセ・ゴンザレス・スズキ・ダ・シルバか⋯⋯。よくブラジル人の名前は長いというが本当なんだな。「ゴンザレス」だよ。スポーツ漫画で絶対出てきそう。


 

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