ルーキーリーグへようこそ。

 ウエストバージニア州のプリンストンという街に俺がプロ生活を始める球団、プリンストン・レイザースがある。

 

 プリンストンはルーキーアドバンスドリーグのアパラチアン・リーグ東地区に属していている。アメリカ東海岸のウエスト・バージニア州、バージニア州、ノースカロライナ州、テネシー州の隣接する4州にまたがって10チームが存在して東西に分かれてリーグ戦を行っているのだ。


 田舎街とは聞いていたが、故郷の埼玉県北部の街である深谷市と雰囲気がよく似たまさしく田舎街であった。東京など都会生まれにはなんともさびれて物悲しい雰囲気なんだろうが田舎育ちの俺にとってはなんとも落ち着く。南部の白人の多い街なので「比較的」治安も良い。ただ南部なので人種的偏見は強いかも。


 球場は高校の近くにあった。最初は高校の施設かと思ったがちゃんと駐車場や観客席もある。一応街の中心部らしいがこれと言って高いビルもないのでそんなふうには全然見えない。グラウンドは天然芝の「古き良きアメリカ」の匂いがする。


 「ルーキー・リーグ」という通り1、2年目の選手しか在籍していない。実力的には日本で言うところの「育成選手」枠レベルである。


 俺はシーズンインから2週ほど遅れくらいの参加である。俺が普通に英語で自己紹介したことが不思議だったようだ。


「日本人のくせに英語が出来んだな。」

「長いことアメリカ留学してたんだよ。でないとドラフトにかからないだろ。」

「お前が半分以上契約金を持っていったらしいからな。」


 もちろん、俺のような海外国籍の選手は「アマチュアFA選手」としてメジャー球団と自由に契約できる。ただし、契約金は二束三文だろう。だからこそケントは俺にアメリカの高校の卒業資格を取らせたかったのだ。


  さて、俺の身長190cmはチームでも小さい方ではない。むしろこの体格より上フィジカル・エリートならバスケかアメフトに行くやつの方が多いからだ。「小さい日本人ジャップ」をからかってやろうと思ってた連中は予想外の俺のサイズに驚いていた。


 もちろん彼らは俺を敵視しているわけではなく「舐めている」だけなので、実力で圧倒しつつコミュニケーションを重ねていけば案外すんなりと馴染めるものである。


 最初の一週間で俺はすぐに先発メンバーになっていた。まあ試合はなるべくたくさんの選手を出場させるのが目的なので途中でどんどん入れ替わる。ピッチャーもパワーで押してくるタイプがほとんどなので俺からすればほぼフリーバッティングである。一週間で6試合こなして本塁打が10本超えた。


「健は忍者なのか?」

二十歳になってまだそんなことを聞くのか?オルソン。俺はチームメイトの知性を疑ったが、アメリカ人だから仕方ない。

「なぜそう思う?」


「いや、健が野球が上手いのは忍術のおかげだってチームで噂になってるんだ。」

あー、惜しいなぁ。正確には「魔法」だけどな。

「ここだけの話だが、俺の先祖は江戸幕府ショーグンの忍者だったんだ。」

ウソだけど。ただオルソンの顔はマジだった。周りを見回すと俺に聞く。

「そんな秘密を俺に打ち明けても良いのか?」

「いいよ。お前は信用できる男だからな。ただし他のやつには黙って置いてくれよ。」


 この話がチーム内の他の33人全員に伝わり切るまで3日もかからなかった。

まあ「差別」されるよりは恐れられてもらった方がマシである。


7月の中旬頃、由香さんがプリンストンまで取材に来た。

「あれ、アパート借りたんじゃないの?」

俺が安モーテル暮らしなのが不思議なようだ。

「だってシーズンいっぱい(9月末)までいるつもりないもん。実は正式に決まったんですよ。オリンピック代表入りが。」


グラウンドで俺たちを見て他の選手が冷やかしていく。

「おお、健!ガールフレンドか?」

「お熱いね。ヒューヒュー。」


「彼女は日本のジャーナリストさんだ。」

「すっかりチームに打ち解けてるわね。やっていけそう?」


「いや、もう彼らとはお別れなんですよね。」

そう、昨日俺は監督ヘッドコーチに呼ばれてオリンピック後のショートA(A -)への昇格を告げられたのだ。


 ほんとうはA -の球団はすぐにでも来て欲しかったようだがオリンピック後に合流ということになったのだ。

「あなたの成績なら順当ね。」


 俺は8/2から日本で行われる代表合宿に参加するため、日本へ帰国することになったのだ。


 学校は夏休みに入っていたが、青学の野球部は4年連続の夏の甲子園出場を目指して予選の終盤を迎えていた。今回は第90回の記念大会であり埼玉県は南北の2つに分かれて行なわれていたのだ。






 

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