君に届け

 甲子園の県予選、亜美の学校と相対した時、亜美の声と姿が俺に届いたことがあった。あれは無意識のうちに通信魔法が発動したのではなかったのか。異世界の亜美の記憶がこの世界の亜美の脳裏に完全に刻み込まれた今なら、きちんと魔法が発動するはず。


「ねえ、この声って健?」

頭に亜美の声グワんと響く。音量ボリュームを落としてなかった。

「亜美、聞いてほしい頼みがある。相手が魔法で打球を妨害している。その魔力の発生源が胆沢イサの中の魔王のカケラなんだ。」


 俺はためらっていた。俺が小さい頃から魔法を使って訓練をするという発想はもともとは異世界で亜美と話した冗談がもとになっていたのだ。その時の亜美は否定的だった。

「それってある意味ドーピングと変わらなくない?」

その言葉のせいで、俺は今の自分にある意味否定的な部分があるのだ。でも、この試合に勝つには彼女の魔法が必要だ。この世界の亜美はどう思っているんだろうか?俺は話を続ける。


 「それを止めるには俺の残りの全魔力だけでは足りないんだ。だから力を貸してくれないか?」

虫のいい話だと思われるかもしれない。


「いいよ。どうすれば良いの。」

あっさりと了承?


「今、魔力中継用の魔法陣を送った。そこに亜美の魔力を注ぎ込んでくれないか?やり方は夢で見たことのある方法でやってくれればそれでいい。」


「⋯⋯わかった。」

通信がブツリと切れる。まもなく魔法具ハジャオールに魔力の充填が始まる。俺も自分の残り全魔力を注入する。


 先斗さんに代わって毎回ランナーは出るけど外野への球が封じられている以上得点には繋がらない。まさに「鉄壁」ならぬ「魔法障壁」の守備である。


 「しかし前に飛ばねえな。」

伊波さんが味方の攻撃にいらだっている。いや、自分自身にいらだっているのだろう。


 6回、ようやく魔道具の術式発動に必要な魔力量に達する。俺は腕を組んでグラウンドを見つめる胆沢の横顔を確認する。もちろん、魔王のカケラは彼の「深層心理」によって発動している。彼の意思とは関係ない。


「発動。」

ハジャオールが発動すると魔王のカケラが活動を停止する。魔力の供給が止まったグラウンドの結界は消えていく。よし、これで邪魔はなくなった。


 そして、俺もこの試合での魔力が使えなくなった。俺は亜美にありがとうの通信さえできない。


 7回、ついに金堂さんがマウンドに立つ。球速は150km/h超え、そして「殺人スライダー」と呼ばれるくらいの鋭く変化するスライダーがある。「軟投」の先斗さんの後ではさらに速く感じる。こんな球打てるかよ。先頭の俺は「選球眼」さえ使えずあえなく三振。魔法が使えないことがこんなに苦しいなんて。魔法が使え無い俺なんてただの一般人じゃねえか。


 続く山鹿さんが初めてライト前にヒットを放つ。金堂さんが額の汗を拭った。考えてみれば「安全地帯」を失ったのは向こうも変わらない。


 7回裏、中里さんがクリーンアップに連打を浴びビハインドが2点にかわる。ほぼ敵地アウェイの甲子園が沸く。やばい。もし俺のせいで負けてしまったら。


 その時、亜美から通信が入った。

「あんた、お礼言うくらいの魔力くらい残しておきなさいよ。上手く行ったんでしょ?」

「はい。ありがとうございます。」


「なにしょぼくれてんのよ。異世界あっちの私に言われたこと気にしてるんでしょ。私はあっちの私と違って現役選手なの。だから分かるよ。あんた、魔法に頼んなくても、高校生相手なら十分最高チートレベルでしょ?


 あんたメジャーで天下獲りたいなら魔法だけじゃなくてもっと自分を信じてみたら?あんただって先輩たちと同じだけ苦しい練習もトレーニングもやって来たでしょうよ。あんた、身体能力だけなら魔法抜きでもすでに先輩たち超えてるよ。


 少なくとも来年私にもう一回告白するつもりなら、自力でカッコいいとこ見せてみなさいよ、以上。」


 亜美⋯⋯ほんとにありがとう。そして、異世界の亜美も。魔法具を早めに送ってくれなければ危なかった。いや、まだ2点負けている。


 8回までを一人で投げ切った中里さんにアクシデント。平安の二番、伊藤さんの打球がピッチャー返しとなって中里さんの足に直撃。自分で立ち上がることさえできず能登間さんと古城の肩を借りて負傷退場。


「健、頼むぞ。だ、そうです、。」

俺の代わりに一塁に入る安武トラが俺から一塁ミットを取り上げると、持って来た俺のグラブを渡しながら言った。


「俺!?」

「あたり前でしょ。」

そうだった。今の俺が魔法が使えないなんて誰も知らない。いや、いつも魔法を使っていることさえ知らないのだから。





 

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